2026年2月20日
馬の歴史と文化を未来へ(静内農業高等学校の取り組み)
馬は古くから北海道と深い関わりを持ってきました。蝦夷地と呼ばれていた頃から馬は人々の交通、物資の運搬の手段などとして活躍していました。明治維新後、北海道に開拓使が置かれると、広大な土地の本格的な開拓が始まります。田畑の開墾、木材の搬出、物資の輸送など、馬は欠かすことのできない存在となり、農林業だけでなく運輸や交通の発展にも大きく貢献しました。
その後、日清戦争、日露戦争、さらに第一次世界大戦や太平洋戦争へと続く戦乱の中で、軍馬の育成と供給が重要視されました。戦後には農耕馬や軽種馬の生産が再開され、馬は時代の情勢に大きく左右されながらも、人々の生活と産業を、時代を超えて支え続けてきました。

農耕馬による田起こし
馬の飼養頭数は、全国では明治30年の約159万頭が最も多く、北海道では昭和19年に約30万頭が飼養されてピークとなりました。しかし、高度成長期(昭和29年~40年代)に入ると、自動車やトラクターなどの農業機械が急速に普及し、馬の需要は急激に減少しました。その結果、令和5年には全国で約7万4千頭、北海道で約3万2千頭にまで減少しています。
一方で、現在の北海道は日本最大の軽種馬の産地となっており、令和6年には全国で生産された7,925頭の軽種馬のうちの約9割にあたる7,742頭が北海道で生産されています。特に日高地域では全国の約8割にあたる6,242頭が生産され、この地域の農業産出額の約4割を占める基幹産業となっています。

仔馬を見守る母馬
平成9年には「北海道の馬文化」が北海道遺産に選定されました。馬の生産は、開拓期に不可欠だった役畜としての馬から、力くらべから発展したばんえい競走や、スピードを競う平地競走に用いる馬へと軸足を移し、その生産現場である牧場の風景が観光資源となるなど、時代の変化やニーズに対応しながら、北海道独自の馬文化を形づけてきました。

北海道静内農業高等学校の放牧地を駆ける馬たち
今日、馬の歴史と文化を次世代へ伝える活動は、自治体や様々な団体等によって行われていますが、その中でもひときわユニークな活動に取り組んでいるのが北海道静内農業高等学校(新ひだか町)です。全国の公立学校で唯一、馬の生産を行う学校で、ここでは馬の育成から市場への上場、販売までを学べる教育活動を展開しています。


教育活動として、競り場で馬を誘導する(令和7年セプテンバーセール会場:日高軽種馬農業協同組合)
この教育活動で得た知識、経験などを活かす形で、地域の小学生などを対象に、乗馬、餌やり、馬洗い、うまクイズなどといった体験を通じて、馬を知り、馬と触れ合う機会を提供するとともに、馬を介した交流活動を積極的に行っています。

乗馬体験

餌やり体験
2017年から活動する「ひだかうまキッズ探検隊」との交流事業では、日高地域全体から応募のあった小学生21名を受け入れました。高校生自身が企画・運営し、うまクイズや乗馬、馬洗いなどを通じて馬の魅力を伝える受入れ活動を行っています。参加した児童は「高校生のお兄さんお姉さんが優しく教えてくれて楽しかった」と感想を話していました。

うまクイズで勉強

馬洗い体験
さらに同校は新ひだか町内の小学生を対象に、馬の特徴や乗馬方法などを教える出前授業と現地での体験乗馬を実施、小学生が馬の歴史や魅力を総合的に学びながら、直接馬と触れ合う機会を提供しています。こうした取り組みは、地域の小学生に馬への愛着を育むとともに、馬産地としての日高地域への関心を高め、馬の歴史と文化を未来へとつなぐ大切な役割を果たしています。

安全で楽しい乗馬を心掛けています
北海道に開拓使が置かれてから150年以上が経過し、その間に農業は基幹産業へと発展しました。その歩みを馬が支えてきたことは、歴史が示しています。馬の存在は北海道独自の文化を育み続け、馬の歴史を知ることは、日高地域のみならず、北海道全体の産業や経済と人とのつながりを深める大切な要素であると言って良いでしょう。
HAL財団としても、馬が支えてきた農業の歴史と文化を未来へつなげていくことは重要であると考えています。北海道静内農業高等学校の生徒たちが取り組む活動は、地域に根付く馬の歴史と文化を継承し、将来の北海道農業や農村のあるべき姿の理解と共感を広める貴重な機会となっています。今後も教育機関や関係団体と連携しながら、この活動に注目していきたいと考えています。






