HAL財団

「家業」から「地域企業」へ

WEB版HALだより「テキスト版」

2025年2月25日号 (通算24-48号)

“農家のかあさん”は誉め言葉!

*今回の「WEB版HALだより」は、野菜ソムリエとして大活躍の吉川雅子さんにお願いしました。なお、この文章は、筆者及び筆者の所属する団体の見解であり当財団の公式見解ではありません。

レポート:吉川 雅子

「森田農場」の森田里絵さんと初めて会ったのがいつなのか、残念ながらはっきり覚えていません。ただ、食に関心のある人たちの勉強会で知り合ったのは確か。その後しばらくして、ご主人の実家の清水町で農業をするという話を聞き、とてもビックリしました。
いつも十勝を訪れる際には立ち寄らせていただいていますが、“農家のかあさん”が板についた里絵さんをご紹介します。

小豆の花が咲く畑での里絵さん
畑違いの環境へ

 私の中では、十勝といえば、真っ先に清水町の「森田農場」を思い浮かべます。十勝には知り合いの生産者さんも多く、清水町を通って周遊するため、時間が許せばお邪魔させていただいています。
今回7月に伺った時は、小麦の収穫がほぼ終わったところ。コンバインで刈り取った小麦を、倉庫の大きな乾燥機に入れる真っ最中でした。

乾燥機の前でトラックの誘導をしていたのが里絵さん

会うたびに“農家のかあさん”の貫禄がついてきている里絵さんは、長崎生まれ、横浜育ち。札幌でお会いしていた頃はスーツやワンピース姿が多く、20年ほど前に、「いよいよ清水町に行って、農家をすることにしたのよ」と口にした時は本当に驚きました。
移住した年の夏に、私はすぐに清水町に遊びに行きました。町を案内しながら、清水町の魅力をいろいろ話してくれる姿が、とても楽しそうだと思ったのを覚えています。
ただ、ご両親と自分たちが考えている農業に少し違いがあることや、それでも「信頼を得るまでは今のやり方をしないといけない」ということも話していたのが印象的でした。

森田農場の歴史

森田農場は、明治時代中期に森田小三郎氏が岐阜県から入植。今から120年ほど前のことです。十勝平野の気候に合った農作物である小豆や金時豆などの豆類、ジャガイモ、小麦、ビートを作付けしてきました。3代目の慎治氏の時に畑作に加えて酪農を始めましたが、のちに、乳価が低迷したため畑作に一本化。2003年に、慎治氏が農業を引退することになったため、4代目の哲也氏が札幌から故郷に戻ってUターン就農。
哲也氏が慎治氏から相続した畑は約30haでしたが、近隣の農家が離農して手放した畑を受け継ぎ、畑の規模は借地も含めて約72ha(東京ドーム15個分)まで拡大しました。豊かな黒土を活かした農産物の生産に加え、直販体制を築き、加工品を手がけることで経営規模が拡大したため、2011年3月、哲也氏が「(株)A-Netファーム十勝」を設立して代表取締役に、里絵さんは専務取締役に就任しました。

麦稈ロールを集めている哲也氏
森田夫婦が目指した農業

森田農場の先祖たちは、十勝平野で盛んに行われている酪農から生じる牛糞や、砂糖の原料となる作物「ビート(てん菜)」の葉を堆肥としてすき込んだりして、作物が育つ土の環境を整えてきました。
現在、森田農場が力を注いでいる小豆は、同じ場所に何年も植え続けると落葉病などの連作障害が起きやすいため、小豆を一度植えた畑は、3年の間隔を空けてから再び植える「4年輪作」を守ることで病気を防いできました。また、有機肥料の施用などを行い、なるべく環境に負荷の掛からないような栽培に取り組み、なおかつ風味や味わいのある農産物の栽培を行っています。

森田農場から取り寄せた黒豆と小豆

2011年の法人化では、「ここまで100年、ここから100年」をモットーに掲げ、永続できる農業として、“土作り、安全性、美味しさのバランス”が取れた農業を目指しています。
2013年にはJ-GAP(生産工程管理)の認証を受けるなど、経営の「見える化」を進め、さらに、2015年には小豆(AZUKI)で世界初のグローバルGAPの認証を取得しています。

特に思い入れのある小豆

 農地72haのうち8~10haを占める小豆。日勝峠に続くゆるい傾斜地の畑は標高183mと意外に高い。これより標高が高いと小豆栽培は難しくなります。

小豆は黄色い小さな可憐な花をつけます

農産物のほとんどは“昼夜の寒暖差が大きい”環境の方が美味しくできます。
里絵さんはその美味しさに魅せられ、2005年にはネットショップ「小豆らいふ」を開設。全国のお客様に小豆のほか、丹精こめて育てた農産物を届けています。

月日と手間暇をかけて食卓に届いた小豆には煮方の説明も同封されています

里絵さんはアイデアウーマン。以前は、自社の小豆と市販の最中の皮のセット販売をしたり、小豆を使った料理コンテストをSNSで募集したり、YouTubeで畑の様子や小豆の料理法などを配信しています。“小豆を食べる”だけではなく、”小豆を煮る。そして食べる”という、手間をかけたり、ゆとりを持つという提案も行っているのだと私は感じています。
森田農場の小豆は「きたろまん」という品種で、粒のひとつひとつが大きく、小豆の味がしっかりと感じられます。中でも大粒のものを手選別して「プレミア小豆」として限定販売もしています。
今では、こだわりの和菓子店や洋菓子店、ベーカリー、セレクトショップにも卸しています。

すぐ食べられる小豆の商品化

2013年に6次産業化認定事業者となって、最初に商品化したのが「ホクホクあずき」です。小豆本来の味を損なわずに手軽に食べられる商品を模索していたところ、大豆のドライパックがヒントになりました。常温商品であり、賞味期限が長いため、販売店も取り扱いやすい。ほかにも、小豆茶や森田あんこ、黒豆茶、黒豆プロテインなど、商品ラインナップが増えました。

そのまま食べられる加熱済みの「ホクホクあずき」
砂糖を使わず発酵の力で甘味をつけた発酵あずき

2015年世界で初めて取得した小豆グローバルGAPは、海外進出も視野に入れてのことでしょう。商品化する際に付けたブランド名は「モリタビーンズ」。豆に特化していることをアピールしながらも、海外の人にもわかりやすい欧文を使用しています。「森」という漢字がデザイン化されたロゴマークは、楕円の豆のフォルムを生かし、キラキラと輝くさまを表現しています。

デザイン化された小豆のパッケージで国内外へ

里絵さんは「今が楽しい」と言います。子育てや家事もしながら、農作業、そして社員やパートさんたちの育成、事務仕事、ホームページ作り、商品発送、その中での商品開発。時間がいくらあっても足りないのでは?
「頭を使う仕事と肉体を使う仕事の両方ある方がバランスが取れると思う」

体を使う仕事と頭を使う仕事のバランスがあるから「楽しい!」

はて? 実は私も同じようなことを考えていました。デスクワークだけの日もありますが、近隣の生産者さんの農作業を2~3時間手伝う日もあります。農作業をしている時は、無心の時もありますが、デスクワークの頭の整理をしている時もあります。整理されているからデスクワークの時にひらめきがあったり、別な目線や考え方ができると感じています。

今年も新豆を取り寄せ、ゆっくりと手間をかけて小豆を煮よう。元気な“農家のかあさん”の顔になった里絵さんを思い浮かべながら。

久々に煮た粒あん
粒あんを仕上げる前に、硬めの状態を取り出してサラダ用にします

プロフィール
吉川雅子(きっかわ まさこ)
マーケティングプランナー
日本野菜ソムリエ協会認定の野菜ソムリエ上級プロや青果物ブランディングマイスター、フードツーリズムマイスターなどの資格を持つ。

札幌市中央区で「アトリエまーくる」を主宰し、料理教室や食のワークショップを開催。原田知世・大泉洋主演の、2012年1月に公開された映画『しあわせのパン』では、フードスタイリストとして映画作りに参加し、北海道の農産物のPRを務める。

著書
『北海道チーズ工房めぐり』(北海道新聞出版センター)
『野菜ソムリエがおすすめする野菜のおいしいお店』(北海道新聞出版センター)
『野菜博士のおくりもの』(レシピと料理担当/中西出版)
『こんな近くに!札幌農業』(札幌農業と歩む会メンバーと共著/共同文化社)

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