HAL財団

「家業」から「地域企業」へ

北を愛づる イソケンコラム ”時の情景”を旅する

このコラムは、HAL財団理事長磯田憲一が日々感じたこと、今までの仕事や人、地域との出会いから感じたことを書き記すコラムです。朝日新聞北海道版に、月1回連載している「北を愛づる 時の情景」に加筆修正して掲載するほか、書き留めたものも随時お届けします。

2025年6月26日号
通算25-02号

生きものとしての人間

北海道の夏は、冷涼快適さが売りのはずだが、一昨年(2023年)の夏は、これまでにない記録的な猛暑が続いた。エアコンが行き届いているとは言い難い北海道で、寝苦しい夜を過ごし、この蒸し暑さの連続が、北海道の“日常”になるのでは…と危惧した方も多かったはずだ。
 2023年7月に世界の平均気温が史上最高となった事象を、国連・グテーレス事務総長は「地球沸騰化」と表現したが、北海道にとっても“気候変動”は、もはや他人事ではない。世界各地でさまざまな異常現象が報じられているが、人間の果てしない経済成長への目論みが、地球環境にさまざまな歪みを引き起こしていることは紛れもない。
 近年、「地球にやさしく…」という言葉が頻繁に喧伝されてきた。その言葉を発する人も企業も、地球と人間の関係性を度外視し、「人には親切に…」と同じ感覚で、心地よく無意識のままに発信してきたのではないか。
 地球物理学者の松井孝典さんが、かつてその発想を次のように喝破していて、背筋を正される思いがしたものだ。
 「本来“人間圏にやさしい”とか“人間圏が危ない”と言うべきものを、その言葉も概念もない人が、人間圏を“地球”に置き換えている。私たちがいようがいまいが、どんなに環境を壊そうが、いられなくなるのは私たちであって、地球には全然問題ない。私たちが地球を心配するのは、人間の傲慢さの反映と言っていい…」
 JT生命誌研究館名誉館長の中村桂子さんも同じ思いを語っている。中村さんは、SDGsという言葉が生まれる遥か前から、人間は生きものであり自然の一部という事実を基に、人間の「在りよう」を語り続けてきた。「地球上の生きものは、全て40億年前の一つの祖先細胞から生まれた仲間」だが、人間は明らかにその外側にいると思い違いをしている。「その錯覚から生まれる“上から目線”ではなく、生きものとしての“中から目線”が大切…」その言葉は、私たちが多用して憚らない「地球にやさしく…」に潜む思い上がりを鋭く指摘するものだ。
 中村さんは、多様な生きものの歴史を読み誌(しる)す「生命誌」の世界を切り拓いた方だが、ご縁をいただき、2022年8月「アルテピアッツァ美唄」で初めて「いのち愛(め)づる生命誌講座」を開催した。
 HAL財団としては、中村さんが切り拓いた「知の世界」を、この北の大地で語り尽くしていただきたいと願っており、これからも“地球沸騰化”の中で人間の在りように深く迫る講座を連続開催していきたいと考えている。
 これまでの開催経過は次の通り。
 (その1)2022年8月20日      『生きものとしての人間のつながり』
 (その2)2023年7月28日 美唄会場 『あなたが生きものであることを学ぶ農業』
      2023年7月29日 札幌会場 『教育の原点としての農業』
 (その3)2024年6月29日      『農業に学ぶ生きものとしての人間の生き方』
 (その4)2025年5月10日   『人類はどこで間違えたのか』
                  (拡大・成長・進歩を問い直す)

 こうした講演のほかに、中村さんとの出逢いを機に、小学校の授業に総合科目としての「農業科」を組み込むという先駆的取り組みが、2023年春から美唄市で始まった。その経緯は、近く報告させていただく。

※2024年7月5日付朝日新聞を加筆修正 

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