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WEB版HALだより「テキスト版」

2023年7月11日号(通算23-13号)

~短期集中レポート~ “農業で学ぶ” 小学校における「農業科」教育の道を拓く挑戦(9)

磯田 憲 一

明治2年に「開拓使」が設置されて以降、農地開拓や農業開発が営々と続けられ、今や農業を基幹産業とする北海道。しかし、154年此の方、今日に至るまで、どこからも、誰からも発意されることなく、実現されることのなかった小学校での「農業科」教育が、穀倉地帯の一角・美唄市で始まることになりました。農業王国を謳う北海道で、「農業」の秘める“もう一つ価値”に新たな光が当たる取り組みがスタートしたのです。「農業“を”学ぶ」取り組みは、これまでもさまざまな場と形で行われてきましたが、その枠を超えて、生きものの一つという事実の上に立ち、「農業“で”学ぶ」ことを通して、この地球を持続可能な社会とするための遥かなる道のりに向けた、小さな自治体の大きな挑戦と言えるでしょう。未来から振り返ってみると、「百年の計」に連なる確かな歩みの一歩だったと語り継がれていくに違いありません。
 
2023年5月16日、美唄市の板東知文市長が記者会見を行い、美唄の未来を切り拓く思いを込めて、北海道で初めての小学校における「農業科」授業のスタートと「農業科読本」の発行を正式発表しました。板東市長の発言の概略を報告したいと思います。
 
『私が美唄市の教育長だった時、農業の持つ力を次代を担う子どもたちに伝えていきたいとの思いで、2010年度から「小学校農業体験学習」をスタートさせ、「農業体験学習副読本」も作成しました。それは、福島県喜多方市の先駆的な取り組みを知ったことが契機でした。喜多方市は、2007年から、小学校で「農業科」授業をスタートさせました。喜多方市が日本初の「農業科」に取り組んだのは、生命科学の第一人者として「生命誌研究」を構想した中村桂子さんが、「人間は生きものであり自然の一部」という事実をもとに、「子どもたちが、生きることの本質を学ぶ機会として、“小学校で農業を必須に…”」と提唱したことを受け、その熱い思いに共感した当時の喜多方市長が、「農業科」を小学校教育に組み込んだのです。

 その中村桂子さんが、昨年(2022年)8月、美唄市内の「アルテピアッツァ美唄」で講演される機会があり、その折、前述したように、中村さんから「農業の体験学習は今や一般的だが、あくまで体験の域にとどまる。学校の時間割の中に、国語、算数、理科などと同じように“農業”と明記されていることが大切で、そのことで、子どもたちの心に“農業”への思いが刻まれる」という貴重なアドバイスをいただきました。

 中村さんの次代を見据えた的確なアドバイスを踏まえ、美唄市としては、今年度から小学校の授業時間割の中に「農業科」を組み込み、継続的に「農業で学ぶ」取り組みを進めていくことにしました。また改訂版づくりを進めていた「副読本」についても、“副”を取り、「農業科“読本”」として発行し、「農業科」授業を進めていく手立てとしての役割をより明確にしました。
 今回発行した「農業科読本」の第一章に、美唄の子どもたちに向けて「あなたが生きものであることを学ぶ農業」と題した中村桂子さんのメッセージを掲載することができました。今を生きる全ての人たちの心にも届けられるべき、深いスピリットに満ちていると感じます。
 この読本に基づく「農業科」授業を通して、子どもたちの心に、この地球に生きる上での謙虚さ、同じ生きものである仲間たちに向けた優しい眼差し。さらに、その学びを通して美唄の子どもたちの胸に、この美唄、そして北海道に育ち暮らした「誇り」がゆっくり湧き上がってくることを信じたいと思います」。

私が教育長であった時代にスタートした「農業体験学習」、「副読本」が、13年の歳月を経て、「農業科」そして「農業科読本」へと進化し、全国でも類い稀な先駆的取り組みとして新たなスタートを切ることになったことは、美唄市の未来に向けた地域づくりにとって、大きな意味と価値を持つと考えます。
 「農業科」の推進に先駆的に取り組み、大きな成果を上げている福島県喜多方市とも連携の輪を広げ、「農業の時代」と言われている今日、農業の持つ根源的価値を深めていく役割を果たしていきたいと思います』

2023年5月16日(火)美唄市役所での記者発表模様
 (写真提供 美唄市教育委員会)

(注:肩書は当時のもの)

  (第10号に続く)

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