HAL財団

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WEB版HALだより「テキスト版」

2023年7月18日号(通算23-14号)

~短期集中レポート~ “農業で学ぶ” 小学校における「農業科」教育の道を拓く挑戦(10)

磯田 憲 一

2023年5月16日、美唄市役所で開かれた記者発表の場で、板東知文美唄市長、そして石塚教育長から正式に小学校における「農業科」授業のスタートが正式発表されました。従来発想を乗り越え、新しい取り組みの扉を開けることは、どのような分野であっても、勇気とエネルギーのいることですが、美唄市、そして美唄市教育委員会は、子どもたちたちの「生きる力」は勿論、多様な生命に対する敬愛の思いを育むことの大切さを深く認識し、北海道では初めて、全国でも二例目という先駆的取り組みをスタートさせることになりました。
 中村桂子さんの「農業科」教育への深い思いと、美唄市、美唄市教育委員会の挑戦を繋ぐ役割をささやかながら果たしてきたHAL財団の立場で、板東市長の記者発表に同席し「農業科」教育の推進をサポートしていく思いを、次のように申し述べさせていただきました。
 
 『板東市長、石塚教育長から説明のあった、美唄市内の小学校のカリキュラムに「農業科」を組み入れるという決断は、まさに北海道農業に新しい季節、新しい春を呼ぶチャレンジと言えるものです。
 福島県喜多方市長の時代感覚の鋭さ、そしてその喜多方市長に一歩を踏み出させた中村桂子さんの、時代を透徹した感性、それらがなければ、日本における小学校の「農業科」教育の旅立ちはありませんでした。
 中村桂子さんは、SDGsなどという流行語が生まれる遥か前から、生きものとしての人間の「在りよう」を語り続けてきた方です。中村桂子さんが語り継いできた感性と言葉に、時代がやっと追いついてきたのです。中村さんは、「生態系のトップにいるような錯覚から生まれる“上から目線”ではなく、生きものとしての“中から目線”が大切」と語り続けてこられました。その中村さんとの不思議なご縁や、喜多方市の優れた取り組みとの出会いが、13年の歳月を超えて、この北の大地・北海道に「知恵のバトン」が辿り着きました。
 
 明治2年(1869年)に北海道開拓使が置かれ、本格的な農地開拓が始まって154年。今や北海道は食糧基地の役割を果たすまでになりましたが「北海道は農業が基幹産業」と標榜しながら、人間教育のスタート時とも言うべき小学校教育に「農業」の持つ力を学ぶ「農業科」を組み込む発想は、これまで農業や教育を担う機関からは勿論、農業界からも出てくることはありませんでした。
 しかし、昨年夏、中村さんから的確で普遍的なアドバイスをいただき、北海道で初めての「農業科」教育が、この美唄から始まることになりました。

 中村桂子さんは「農業科は、子どもたちの“生きる力”を引き出す。日本中の小学校に農業科ができたら、日本はすばらしい国になるでしょう」と語り続けてこられました。そして多くの方も、これからは「農業の時代」だと指摘しています。しかし、それは、生きる上で食糧確保が何より大事、という意味だけでなく、地球環境が困難な時代を迎えている今、生きものとしての人間が、生きる仲間たちの生命をいただくことで支えられていることを深く認識し、生きものとして踏まえるべきものを学ぶという意味も含めた「農業の時代」でありたいと思います。

  (写真提供 美唄市教育委員会)

美唄市が「農業科」教育をスタートさせたからといって、そうした時代が直ちに実現するような容易い道のりではありません。しかし、千里の道も一歩からです。美唄市のチャレンジが確かな道のりへの第一歩となり、いつの日か、北海道全体の「スタンダード」になることを心から願っています。
 その思いを込めて、HAL財団の中に、今日を期して、「“農業で学ぶ教育”の輪をつなぐサポートチーム」を設置いたしました。このチームの活動を通じて、美唄市、美唄市教育委員会が進める小学校における「農業科」教育という「美唄モデル」の輪を、北海道だけでなく日本各地に広げていく活動に取り組んでいきたいと思います。このチームには、中村桂子さんも、心からの喜びを持って参加してくださいました。共に手を携えて「農業“で”学ぶ」輪を広げて参ります。
ご理解とお力添えをどうぞよろしくお願いいたします』

(完)

(注:肩書は当時のもの)

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