HAL財団

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WEB版HALだより「テキスト版」

2023年11月7日号(通算23-24号)

パリのマルシェと函館の朝市から思うこと

*今回の「WEB版HALだより」は、HAL財団・上野貴之が聞き手となり、写真家・藤田一咲(いっさく)さんにお話を聞く対談形式でお届けします。

◇パリのマルシェと日本のマルシェ

●上野:最近、とくに観光地でよく目にするマルシェという言葉ですが、マルシェというのは元々「市場」を意味するフランス語なんですね。世界中を旅し、パリにも住んでいたことがある写真家、一咲さんから見ると、日本のマルシェとパリのマルシェの違いは何ですか?

★一咲:今、上野さんが言われたように、日本ではマルシェというのは、観光地やイベント会場などに見られるような、「特別な売り場」という印象があります。市場とは言わず、わざわざマルシェとネーミングをして従来の市場とは差別化を図っているわけですから当然かもしれませんが。特別だから、普通の買い物に行くような市場では買えないようなものが並んでいたりする。パリのマルシェと比べると、ある意味、特殊な光景、市場のあり方ですね。それにしても、ここには朝市特有の賑わいがないというか、活気がありませんね。

■函館朝市。立派な商業施設に入っている店。北海道ならではの、カニやサケなどの海産物、野菜、果物、珍味加工品などが売られている。

■函館朝市。写真で商品を見せるお店。パリのマルシェでは見かけることはない。

■函館朝市。商品は綺麗に並べられたり、袋に入れられたり、ラップがけされたものも。日本のお店では普通に見られる光景だが、パリのマルシェではこれも見かけない。

◇パリのマルシェ

●上野:え? それではパリのマルシェはどういうところにあって、何が売られているのですか?

★一咲:パリは20区からなりますが、マルシェの数は、切手や古書、アンティーク、植物などを専門的に扱う専門市場やフリーマーケットを含めた総数では約90、今回のテーマのように食品を中心に扱う市場は約70以上あり、大きく分けて屋内型、屋外型の2つの市場があります。定期的に開催されるマルシェと、不定期に開催されるマルシェがあって、屋根のある屋内型のマルシェは通常火曜~土曜まで、1日中営業していて、日曜は午前中までで、月曜はお休みです。多くの日本人がイメージするのは、屋外型マルシェでしょう。その多くは平日に2〜3日程度、週末は土曜日に、朝7時ごろから午後3時ごろまで開いています。最近は市民の生活習慣が多様化しているのに合わせて、午後も開く市場もあります。地下鉄駅の周辺や、大通り沿いや、公園沿いなど人の多く集まりやすいところに、小さな簡易的なテントをいくつも連ねて建てて開催されます。テントや商品台などはパリ市が提供するもので統一されています。市場が終わると、テントなどは撤去されます。地方でも常設のマルシェや、教会前などでの青空マルシェがあります。

それぞれの場所のマルシェによって、売られているものや、価格などが変わってきます。実は雰囲気も違うので、それもマルシェの魅力の一つになっています。

どこのマルシェでも採れたての新鮮な野菜や魚介類、肉、果物などの生鮮食品はもちろん、パンやチーズ、スパイス、ワイン、お惣菜、蜂蜜、お菓子などから、生花や靴下や、下着、季節に合わせた服、アクセサリーなどの衣料品、ハンドメイドの雑貨、石鹸、本やアンティーク、アート作品などありとあらゆる日常の生活に必要なものは何でも売られています。最近はオーガニック専門のお店も。ただ高級ブランド品はありません。特殊市場というのは、切手や植物などを専門的に扱う市場です。実はこのような市場は、パリに限ったことではなく、世界中の市場はこんな感じです。マルシェは特別なものを扱う場所ではなく、ごくごく普通の、日常的に見られる生活の場なのです。

■パリのマルシェ。魚が普通に無造作に並べられてある

■パリのマルシェ。野菜は輪ゴムやヒモで簡単に結んでいるだけ

■パリのマルシェ。こちらは、大きなマルシェにあったチーズ専門の店。チーズはほとんどが量り売り。少量でも買うことができる。冷蔵設備や商品台はパリ市から認められたマルシェ管理者が用意したもの。毎朝設置され、午後には撤去される

◇観光型朝市と生活型市場

●上野:日本のマルシェと本家のマルシェはだいぶ違いますね。日本のマルシェは、商店がお店を公園や大型商業施設のイベントスペースに出し、週末や祝日に開催されることが多く、特別に行こうと思って買い物に行く、非日常的な体験を求めるような場所になっている。いわゆるマーケットに近い感覚かな。函館の朝市のような観光客相手の市場はマルシェではないのですね?

★一咲:函館の朝市は、日本の伝統的な朝市とも、地方ならではの雰囲気が味わえる朝市とも異なる、言うならば観光地型朝市。いわゆる生活型市場(朝市)である本来のマルシェ=市場のあり方とは違うように思います。だいたい、商店が小売店として多く出店している函館の朝市とは違い、パリのマルシェは農家などの生産者が中心になった個人のお店です。

■函館朝市。一軒家のお店がいくつも連なるのも函館朝市の特徴。歩いていると、ご近所さん相手の会話よりも、「お客さん、何かお探しですか?」という観光客相手の店主の呼び声があちらこちらから聞こえる

■函館朝市の風景。その場で食べられるところもある。パリのマルシェは食べ歩きはできるが、食堂や飲食コーナーはない

◇市場の活性化と農業の未来

●上野:函館の朝市も、今では駅前に位置する立派な建物の中にあり、観光客を目当てに営業している常設市場ですが、歴史的に見ると、終戦直後、近くの農家が道路や空き地など青空の下で立ち売りを始めたのが始まり。かつては近所の人が買い物に来ていたのでしょう。

★一咲:パリのマルシェでも観光客向けの商品を並べた店もありますし、今では観光客に人気のスポットになっています。でも、基本的には近所の人たちが、買い物カゴを手にしたり、ショッピングカートを押しながらやってきて、言葉を交わしながら楽しく買い物するところなんです。近所の人が来る、近所の人を相手にするから商売が成り立つ。となると、マルシェも自然に活気が溢れる。そんなパリの人々の生活の一部が見られるから、旅行客にも人気が出るわけなんです。売っているものだけに引かれて、ご近所さんや観光客が来るわけではないのです。

■パリのマルシェ。近所の方だろうか、ショッピングバッグ持参のご婦人。ご近所の方の買い物だろうか果物は薄い紙袋に入れてくれることも

●上野:なるほど、パリのマルシェは、地域の人々の生活を支え、コミュニケーションや憩いの場にもなっているから活気に溢れ、それぞれの地区の経済に大きく貢献しているようですね。函館の朝市のように、その時その時にしかやってこない観光客相手では、本来の市場とは言えないし、商品も競争がないから価格は(高めで)見直されず、いつも同じものが並び、品質も向上しない。買い手との会話もないから、活気も楽しさもない。価格は高くなり、近所の人の足は遠ざかる。近所の人とは消費者ということ。常に来てくれる消費者がいなければ、事業は成り立たない。駅前にあって、観光スポットにも指定されていると、客はたとえば電車や、大型観光バスで自動的に運ばれて来ると思っているような甘えもあるんだろうなあ。ここのところ、函館朝市が寂しいと感じるのはそんな理由もありそうだ。どんなビジネスでも大切なポイント、「顧客の視点」がマヒしているのかも。

★一咲:観光型朝市(市場)には、地域の資源としての食材、郷土料理などの食の発見、再発見の場としての魅力があると思います。日本各地の朝市(昼市、夕市、夜市、週末だけ開かれる土曜市、日曜市も含め)には、相手だけではなく近所の人も通うところもまだまだあると思います。

●上野:マルシェ=市場のあり方を考える時に、ネーミング負けしない基本的なベースの考え方は、パリのマルシェからも学べることは多そうですね。

★一咲:市場は地域の健康状態を見るバロメーター的存在です。どのような形態であれ、元気な市場は地域の経済を盛り上げます。市場を元気にすることは、それが結局、北海道農業の活気にも、未来にもつながるように思います。上野さんにここに連れられて来た時、実は北海道農業とマルシェの関係がよくわからなかったのですが、今になってようやく分かりました(笑)。

藤田一咲(ふじた いっさく)
年齢非公開。ローマ字表記では「ISSAQUE FOUJITA」。
風景写真、人物写真、動物写真、コマーシャルフォトとオールマイティな写真家。
脱力写真家との肩書もあるが、力を抜いて写真を楽しもうという趣旨。
日本国内は当然、パリ、ボルネオなどの世界の都市から、さらには熱帯雨林、砂漠まで撮影に赴く行動派写真家。
公式サイト:https//issaque.com

写真:ISSAQUE FOUJITA

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