HAL財団

「家業」から「地域企業」へ

WEB版HALだより「テキスト版」

2023年11月14日号 (通算23-25号)

口福(こうふく)を販売する野菜直売所

*前回に引き続き、今回も「WEB版HALだより」は、HAL財団・上野貴之が聞き手となり、写真家・藤田一咲(いっさく)さんにお話を聞く対談形式でお届けします。

函館朝市を見てから、一咲さんと私は札幌市郊外で開催されている〈ふたりのマルシェ〉に向かった。ふたりのマルシェは、北海道江別市にある農業生産法人 アンビシャスファーム株式会社が5〜10月の期間、週末限定で開催する野菜の直売所。販売されている野菜は、自分たちが丹精込めて育てたもの。
一咲さんはどういう風に見て、何を感じるのだろう?

◇1軒だけの日本型マルシェ

●上野:一咲さん、こういう野菜の直売所がひとつだけでは、マルシェとは呼べないでしょうか?

★一咲:本来のマルシェ=(いくつものお店からなる)市場の意味ですから、ちょっと違うのでしょうが、ここは日本、日本風でアリでしょう。名前もマルシェではなく〈ふたりの「野菜直売所」〉では、お客さんも来てくれそうにないですし。
そういう意味では、まずネーミングで成功していますね。野菜直売所にオシャレな名前が付いている。そんな発想が新鮮でいいですね! 名前を聞いただけで行ってみたくなる。それにしても、朝早くからたくさんの人が開店を待っていますね。


■ブランドカラーの黄色い屋根が目を引くふたりのマルシェの店頭風景。楽しく会話しながら買い物する人たち。スタッフのユニフォームもオシャレ

●上野:そうなんです。ここで販売されている野菜は、見ても綺麗だし、食べても当然美味しい。開店と同時にほとんど売り切れてしまう人気のお店なんです。

★一咲:わかりますよ、それ。日本国内でも道の駅などかなりの数の野菜直売所があると思いますが、ここのようなお店はほとんどないのでは?野菜たちが幸せいっぱいな顔をしている。ぼくは野菜のことは何もわからないのですが、ここに並んでいる野菜のように色が濃く鮮やかで、みずみずしくハリやツヤがあり、いい香りがするのは、新鮮なのはもちろん、太陽の光を十分に浴び、土の状態もよく、大切に美味しく育てられてきたのでしょう。きっと栄養素も高濃度でギュッと詰まっている。
紙袋に入れられていたり、英字新聞に包まれたりして並んでいるのも、すごくオシャレで購買意欲が刺激されます。ここの野菜を写真に撮って写真集にしたいくらいです。

●上野:お店に名前を付けて、ロゴもオシャレにして、いつも黄色いテントの下で開催する。販売方法も独特。お店のブランド化、野菜以外のものに付加価値をつけて、他との差別化をはかり、収益をあげる。これからの農業に大切なポイントだなあ。

★一咲:それも、まず販売する商品(野菜)の質の高さがあってからこそですね。それにしても、こんな野菜を口にしたら、ものすごく幸せな気持ちになれそうです。日々の食事にも彩りが加わって、豊かな気分にさせてくれるに違いない。食卓を囲む家族の顔も思わずほころび、会話も自然と弾みますね。


■その日の朝の採れたて野菜。野菜のみずみずしさや鮮やかな色に感動を覚える。
同じレタス類でも、さまざまな種類のものが並んでいる


■英字新聞に包まれたカボチャがオシャレ。野菜に付加価値が加わり、購買意欲が刺激される

◇土づくりからの創意工夫

●上野:ね、ここの野菜は違うでしょう? ふたりのマルシェでは、販売方法だけではなく、野菜づくりの基本、土づくりから取り組んでいますから。そして今朝の採れたて野菜が並んでいるのですから。
ジャガイモやトウモロコシなどの地元で元々採れる野菜の他に、色や味、香りにこだわるレストランが使うような野菜も多く育てて販売しています。
季節によって販売される野菜は変わりますが、その数は1年間で約100品種以上。見た目がいいだけではなく、野菜本来のしっかりした味がしますよ。パリのマルシェの野菜とは違いますか?

★一咲:そうですね。地産地消という言葉がありますが、地元で採れる昔ながらの野菜だけを販売しても、大きな利益は得られないでしょうしね。市場では見かけないような野菜を販売するのは、買い求める側にとっては選択肢も、新しい食体験も増えて嬉しい。 パリのマルシェでもこんなに綺麗で質の高い野菜が並ぶお店はないと思います。
パリというかフランス人は結構合理的に物を考えるので、あまり見てくれにこだわりません。とくに一般市民は、野菜は美味しく口に入ればいい、みたいなところがあると思うので、少しくらい傷んでいたり、野菜本来の自然な、不揃いな形のものが売られていても気にしません。オシャレに梱包して販売することにも合理性は見出さない気がします。美味しいという評価があれば、みんな黙っていても買いますし、包み紙にお金を使うならその分を安くして、と言いそうです。


■店頭には普段見かけない野菜も。さまざまな視覚的工夫が嫌みなく施され、特別なお店に買い物に来た気分にさせてくれる

●上野:外国ではそうかもしれませんね。マルシェは特別なお店ではないようですから。

★一咲:日本では差別化という意味で、こういうネーミングや、販売方法などの発想、努力も必要だと思います。スパーマーケットで安く買えるものと同じものだけを売ろうとしても限界はあるでしょう。日本人には「安さが一番」の感覚がありますから、それ以外の価値が直売所には求められる。これだけ多様な品種の野菜を丁寧に育てるだけでも大変なのに、さらにひと手間もコストもかけて、価格を低く抑えて販売する努力には頭が下がります。

●上野:ふたりのマルシェでは、野菜と一緒に小さな黒板にその野菜を使ったおすすめの食べ方を紹介していたり、お店オリジナルのトート(エコ)バッグを持参すると割引もあったりします。

★一咲:値札にも野菜の名前の他に、素敵なキャッチコピーが添えられている。基本的な製品(野菜)作りのほかにも販売にかける日々の想い、努力が素晴らしい。実店舗だけでなく、オンラインのショップもあって、販路もいろいろ工夫されているようです。函館の朝市のように、黙っていても自動的に観光客(お客さん)が運ばれてくるのを待つのとは違う。近所とか地元のお客さんが、毎度のように来てくれることで成り立っている。そんなお客さんとの繋がりをとても大切にしている。地域に根ざしたお店なんですね。


■お店のオリジナルトート(エコ)バッグ。オシャレで実用的。このバッグを持参すると割引がある


■紙袋に入れられた野菜。ここではプラスチック製の袋や食品用ラップが使われていないのも特徴的。値札にはおすすめの調理法も添えられている。消費者や環境に嬉しい心配り

◇人と人、個性と多様性が繋ぐ未来

●上野:パリのマルシェと何か共通するものはありますか?

★一咲:決まった曜日、決まった時間、場所で定期的にお店が開くのは、パリのマルシェと同じ。お客さんもしっかり定着しているようですね。また商品に対する生産者の想いが、ストレートに伝わってくるのも共通しています。日本では生産者が直接商品を販売することは、商習慣上あまりないようですから。
美味しいものを作る、買ってもらうのは当たり前ですが、そこから先の想いが伝わってきます。うちの野菜を口にすることでみんなの幸せにつながって欲しい、というような素敵な想いが。それは接客にも表れていますね。ふたりのマルシェに来るお客さんを見ていると、みなさん楽しそうだし、お店のスタッフとも一言二言、会話しています。パリのマルシェもそうですが、お客さんとのコミュニケーションがここにはあります。ここで得られるのは売られているモノだけではない、人と人の交流や繋がり、そこから来るお金では買えない豊かな感情なんですね。

●上野:それが商品とともにお店の魅力になって、集客力を底上げし売り上げを向上させている。こういう「人間力」みたいなものは、やろうとして簡単にできることではないけどね。

★一咲:ちなみに今分かったことは、ふたりのマルシェとは、ふたりでやっているお店という意味ではなく、あなた(消費者)と私(生産者)だったんですね。ここは野菜を通して、人(消費者)と人(生産者)との繋がりを大切にしていることがよくわかります。

●上野:一般的な直売所の良さは、生産者の顔が見える、話ができるから消費者に安心感や信頼感が生まれる。生産者も直接消費者と交流することで、そこに人(消費者)がいることを実感する。仕事にもやりがいが生まれる。より良い商品が作られるようになる点。
大切なのはここから先。人と人のコミュニケーション、繋がりが癒しや創造を生む。するとモノの販売や、売上だけを考えなくなる。消費者が商品を目にする、手に取る、口にすることで生まれる感情まで考えるようになる。(それはいわゆる商習慣上でよく言われる顧客視線の範囲を超えているのだろうけれど)。そして個性的な直売所が生まれる。
このような個性的な野菜直売所の運営には、生産者としては野菜づくり以外のスキルやセンスが必要になってくる。でも、日々欠かすことのできない食から人びとを幸せにするから、小さい農業かもしれないけれど、野菜の消費量を増やし、農業の多様性、活性化に繋がっていく。それは地域の未来も大きく変えるかもしれない。これからの農業を考える時、個性と多様性はキーワードになるだろう。

★一咲:普段口にはしているけれど、とくに意識したことのない野菜(ごめんなさい、農家のみなさん)。ここの野菜を子どもたちや若者たちが見たり口にすると、子どもたちや若者たちも野菜に興味を持ち、野菜づくり(農業)をやってみたくなりそう。農業が魅力的な仕事になる。

●上野:ふたりのマルシェでは、農業を身近に感じられる農作業の体験もできます。

★一咲:人と人だけではなく、人と農業の繋がりも大切にしているんですね。何だか夢がある。夢のあるお店は、未来の農業の入り口にもなりそうですね。

プロフィール
藤田一咲(ふじた いっさく)
年齢非公開。ローマ字表記では「ISSAQUE FOUJITA」。
風景写真、人物写真、動物写真、コマーシャルフォトとオールマイティな写真家。
脱力写真家との肩書もあるが、力を抜いて写真を楽しもうという趣旨。
日本国内は当然、パリ、ボルネオ、さらには砂漠まで撮影に赴く行動派写真家。
公式サイト:https//issaque.com

写真:ISSAQUE FOUJITA

取材協力:Ambitious Farm株式会社 https://ambitious-farm.co.jp

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