HAL財団

「家業」から「地域企業」へ

WEB版HALだより「テキスト版」

2023年11月21日号 (通算23-26号)

生産者の手がける農園レストラン

*写真家・藤田一咲(いっさく)さんに、HAL財団・上野貴之がお話しを聞く形で進めてきた「WEB版HALだより」。いよいよ、今回がシリーズ最後です。

ふたりのマルシェを後にした私たちは、昼食を兼ねて千歳市でアイスクリーム、とうもろこしやいちごなどの農園、レストランを運営する〈花茶(かちゃ)〉を訪れた。

◇魅力の農園レストラン

★一咲:言っては悪いんですが、こんな交通の便が悪いところにポツンとあるレストランなのに、お店はもうお客さんでいっぱいですね。

●上野:今日は平日、そして開店してまだ30分も経っていませんよ。

★一咲:それだけ人気の高いお店なんですね。お客さんも若い人から高齢者まで、一人からグループまでと幅広いですね。明るくてきれいな店内で、居心地も良く、お料理のいい匂いがして、ぼくもお腹がグウグウ言っています。


■花茶のレストラン外観。明るく黄色い建物が目を引く。レストラン前にはピクニックもできる広い芝生があり、その先はさらに広い農園へと続く


■大きい窓から外の光が優しく差し込むレストランの内部。白い壁に木材のテーブルやイスがセンスよく並ぶ

◇こだわりの露地栽培

●上野:食事が出てくるまでの時間、農園の方を見ましょう。ここはいちご狩りもできるんですよ。

★一咲:農業用ハウスに入るのはかなり久しぶりです。
いちごの甘い香りがして、色もとても鮮やかできれいですね。
あれ? いちごが地面に植えられてる。


■花茶の農業用ハウス。ゆきララが栽培されていた
(注:いちご狩りは、専用のほ場で実施しています。今回は取材のため特別に農業用ハウスに入れていただきました。)


■地面全体を覆うように敷かれたわら。わらはプラスチックのフィルムよりもいちごの生育、土壌の改善に効果が高く、環境にやさしい


■大粒で真っ赤に育ったゆきララ。ゆきララは咲かせる花が少ないため、栄養分が分散せず豊富に含まれ大粒に育つ

●上野:すぐに気づきますよね。露地栽培とか土耕栽培と言います。今は棚に植え、薄いプラスチックのフィルムを敷くのが主流になり始めていますが、ここでは農業用ハウスの他、外の農場でも地面に植え、わらを敷いています。わらを敷いているのは、乾燥や地温の上昇を防ぐ効果がフィルムよりもはるかに大きく、土壌の質の改善にも効果が期待できるから。環境にもやさしいですしね。

★一咲:露地栽培のメリットは太陽の光をたっぷり浴びて元気に育ち、より濃厚な色、ツヤ、味わいになって美味しい、ということでしょうか。
でも、かがんだりしゃがんだりと体にはかなり負担がかかりそうですね。

●上野:そうなんですが、露地栽培にこだわって、ここの小栗美恵さんが中心になって手作業で一生懸命育てているのです。農業用ハウスは風や雨などの天候に左右されないので、生産量が安定しているので販売用に、外の農場は主にいちご狩り用ですね。農園は8,000平方メートル(40×200メートル)もあります。路地栽培は天候の他に病気の影響も受けやすいので繊細ないちごには過酷な生育環境です。そのため、北海道ではいちごの露地栽培は年々減ってきています。

★一咲:露地栽培はいちごにも過酷な環境ですが、人にも手間が大変では、後を継ぐ人も減りそうで将来が心配です。

●上野:後継者不足は、高齢化とともに北海道農業の大きな課題になっています。

◇至福のいちご時間

★一咲:うわあ、このいちごは甘くて美味しい! あ、勝手に手が伸びてしまいました。
こんなに大きくてきれいで甘く、ジューシーで美味しいいちごは初めて食べました。

●上野:これはゆきララといういちご。福岡県の登録品種である「あまおう」と北海道の「けんたろう」を掛け合わせて作られ、2020年に品種登録されたばかりの北海道オリジナルの品種です。新しい品種でもあり、デリケートなので北海道以外ではまだほとんど流通していません。
ここまで美味しくするのには、大変な手間がかかっているのです。

★一咲:それを惜しげもなくいちご狩りですか? なんだかもったいないような。

●上野:青空の下でのいちご狩りそのものが解放感があって楽しいですし、食べて美味しい。みんな幸せになる。ここには広い芝生もあり、家族やグループでピクニック気分で楽しめる。ここでも生産者の想いが伝わってきますね。ここに一度いちご狩りに来ると、みなさんリピーターになるようです。

★一咲:贅沢な時間の過ごし方ですね。そして野菜や果物の販売成功には、「口福(こうふく)」がキーワードになる。
ただ単に野菜を売ってやるや、野菜は安ければいい、というものではないですね。リピーターが多いということは、人(生産者)と人(消費者)との繋がりもありますね。

●上野:その視点、大事ですよね。そういう意味では、農業を支え、明るい農業の未来のためには、生産者、消費者の意識のあり方や関係性も重要になります。

★一咲:このいちごは東京でも売って欲しいなあ。オイシイ!


■ゆきララは一粒がおよそ20グラムと大きめ。そのまま食べて旬を味わうのがオススメ

◇究極の地産地消を目指して

●上野:ここではゆきララの他、宝交早生、けんたろうの3種を育てています。いずれも、北海道の露地栽培に適した品種です。いちごはデリケートで運ぶのが難しいこともありますが、生産量が少ない。他県で売るほど採れない。

★一咲:それは北海道の他の野菜などにも言えそうですね。

●上野:日本は食糧自給率が低いですから。

★ 一咲:それではいくら美味しい野菜を作っても、農業は活性化できませんね。

●上野:ここの農園ではいちごのほかに、ブルーベリーやかぼちゃなども季節に合わせて栽培してアイスクリームの原材料にもしています。変わったフレーバーでは地元特産の「ハスカップ」や「ふきのとう」、「バジル&レモン」なども。
また、ニラなどは蕎麦のトッピングにしたり、アスパラガスなどもピッツァなどの料理に使い、レストランで提供しています。食材は近隣の農家のものも使っているそうです。もちろん、農園ではとうもろこしや枝豆、南瓜、馬鈴薯などの季節の野菜も栽培し、その日に収穫したものを直売しています。

★一咲:まさに地産地消、そして生産者が見える販売ですね。

●上野:ここではそれを「花茶産花茶消」と言って、究極の地産地消をしているのです。(笑)


■花茶名物のアイスクリーム。農園や近隣農家で採れた旬の野菜や果物などを原材料に使い、常時約十数種が販売されている


■カシスアイスクリーム。濃厚な色と、甘さと酸味のバランスが絶妙

◇6次産業化成功のポイント

●上野:農家も野菜を作るだけでは今はやっていけません。ビジネスとして多角化、いわゆる6次産業化は必至なのですが、それを北海道で最初に始めたと言っていいのが花茶なのです。

★一咲:1次産業は生産、2次産業は加工、そして流通・販売の3次産業はわかりますが、いきなり6次産業化ですか? 

●上野:6次産業化というのは、4、5はなくて、1(次)×2(次)×3(次)=6次という計算です。つまり、作物を作った農家が、自ら「加工」「販売・サービス」を行い、生産物の付加価値を高めて所得を向上する取り組み。農家が作物を作る以外のことを行うのは、今に始まったことではなく、漬物を作って売るのも、6次産業化の一つです。花茶では「農園」レストランと称していますが、6次産業化の業態的には「農家」レストランといって、6次産業化の売り上げ全体のおよそ2パーセントの割合を占めます。花茶はレストランの他に、野菜などの「直売所」、アイスクリームなどの「加工」、いちご狩りの「観光農園」もしている。6次産業化の業態をほとんど実現しているのです。

★一咲:はい、よくわかりました(笑)。新しいビジネスモデルを作り上げ、成長させてここまで来るのには、いろいろと大変なご苦労があったと想像しますが、それを乗り越えられたのは、ただ売るだけの作物を作る以外の夢や目標があったのでしょうね。こういう形で実現できれば、野菜の消費量も増えて、農家にも自治体にも利益になりますね。なによりも、農家で採れたての食材を使った美味しいものが食べられるのですから、消費者には安心・安全でとても嬉しい。そして、この新しい農家のあり方は、農業の可能性をまだまだ感じさせてくれます。やろうと思えば、いろいろなことができる。ここは将来の夢の見かたも教えてくれているようです。


■採れたての自家栽培野菜にイタリア産生ハムをトッピングしたピッツァ。メニューにはピッツァやスパゲティーなどの洋風以外に、手打ち蕎麦やカレーなどの和風メニューもある

●上野:今では北海道に花茶と同じようなお店がいくつもできていますが、どこでも成功しているわけではありません。

★一咲:形だけを真似てもダメなんですね。哲学がないと。哲学が大げさなら、想いですね。愛と言ってもいい。自分たちの利益だけを追わず、みんなが幸せを感じられるような。

●上野:相手(消費者)のことをしっかり考える、本来は商売の基本ですけどね。
販売者が自己中にならないということ。これは農業に限らないかもしれません。消費者が求めているものを提供する、ビジネス用語で言うところの「マーケット・イン」の視点が大切になる。
お国の料理がユネスコの無形文化遺産(2010年)に登録されたフランスにも、農家レストランはありますか?

◇農業と観光のいい関係

★一咲:フランスには、中世の時代から、郊外や地方にあるレストランまでわざわざ足を運び、その土地ならではの食材を使った料理を楽しんで宿泊できる施設もあります。

●上野:ああ、オーベルジュですね。美食大国は歴史が違うなあ。日本語では旅籠(はたご)と直訳されるけど、旅籠は宿泊すると食事が提供される施設だから、「食べる」を目的にしたオーベルジュとは違う。有名レストランが畑を持っていたり、農家と契約しているのはよく聞きますね。

★一咲:もちろん農家レストランもあります。フランスの農家レストランは、フランス農業会議所が認定する、生産農家が自作農産物を調理提供するレストラン。フランスの約1万の農業従事者が参加する団体「ビヤンブニュ・ア・ラ・フェルム(意味:農園にようこそ)」によれば、33年前から自身の農園を見学者に開放し、食事や宿泊を提供していて、農家レストランの数は現在800以上。「農家でおやつ」という農家カフェみたいなものも別にあるようです。農家レストランには、農家の品質を保つために食事の提供にあたり、地元の食材を最低51%利用する決まりがあります。
フランスではこれを「アグリツーリズム(農村観光:都市居住者などが農場や農村を訪れ、休暇・余暇を過ごすこと)」の一環、農村の本来の良さを保ちながら、農家や地域経済を豊かにする重要な手段とし、農家による観光事業サービスの充実と多様化を図っています。その中に直売所、加工品販売、農家レストラン、料理教室、農業体験、宿泊などの業態があります。フランスのアグリツーリズムはヨーロッパでもっとも発達していると言われています。

●上野:そんな団体があるとは、さすがは農業国フランス! フランス版6次産業化ですね。アグリツーリズムは、日本ではグリーンツーリズムという名称(正確には「農村漁村滞在型余暇活動のための基盤整備の促進に関する法律」)で1990年代に取り入れられたけどあまり普及しなかった。農村に旅行客を迎え入れる、農業と観光を結びつけるのは、今の日本ならアリだと思ってます。何と言っても、食は旅の最大の楽しみの一つだもの。

◇幸せが農業の未来に繋がる 

●上野:ところで、花茶は農園やレストランだけではなく、動物と触れられるスペースもあります。

★一咲:花壇や芝などもきれいに手入れされています。ここは、農業や食を通して訪れる人がみんな楽しめて幸せになれる場として、よく考えられていますね。
こういう発想は、いわゆるビジネスのプロでは思いつかない。ビジネス書には出てこない。ビジネスのプロでも考えつかない、農家ならではの発想、視点があるはず。それが花茶成功のポイントにもなっているのでしょう。

●上野:一咲さんから見ると、農業や世界の未来は「みんなが幸せを感じられる」かどうかに懸かっているってことですよね。たしかにこれは大切なポイントだけど、ビジネス書や学術書ではそのニュアンスを上手伝えるのは難しいなぁ。農業の未来を探ると、農作物をより効率よく大量に作ることも重要だけど、それ以上にどう消費してもらうか、農業(生産・加工)以外の発想などのビジネスセンスも必要なんですよね。

★一咲:日々の努力、夢や目標、愛を持つことも。そして農家、あるいは農業という視点からだけで考えようとしないで、もっと幅広い視点を持つことや異業種との交流からも、明るい農業の未来に繋がる手がかりを生み出しそうですね。
ああ〜、ピッツァもアイスクリームもオイシイ!


■花茶農園で採れたアスパラガスを使った本格的なナポリピッツァ。採れたてでしか味わえない野菜のおいしさを感じる


■デザートメニューから。ゆきララ、ハスカップアイスクリームを添えた自家製ガトーショコラ

プロフィール
藤田一咲(ふじた いっさく)
年齢非公開。ローマ字表記では「ISSAQUE FOUJITA」。
風景写真、人物写真、動物写真、コマーシャルフォトとオールマイティな写真家。
脱力写真家との肩書もあるが、力を抜いて写真を楽しもうという趣旨。
日本国内は当然、パリ、ボルネオ、さらには砂漠まで撮影に赴く行動派写真家。
公式サイト:https//issaque.com

写真:ISSAQUE FOUJITA

取材協力:有限会社ファーム花茶 
URL: https://www.kacha-ice.com/

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