HAL財団

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2023年12月5日号(通算23-28号)

農業経営レポート

 

“Seek out innovators” 
~Part2:『水が無い水田』の取組みの拡大版~~
を掲載します。

                             

 筆者の梶山氏は元農水省職員。現在は、千葉県で一般社団法人フードロスゼロシステムズ代表理事、行政書士として活躍中。

前回(2023年8月22日号(通算23-17号))に続き「乾田稲作」について農業経営の視点からのレポートです。

 それでは、この先はレポートになります。

 なお、この文章は、筆者個人の見解であり当財団の公式見解ではありません。


““Seek out innovators”Ⅳ ~北海道での乾田直播取組の拡大!~

 レポート:梶山正信

Ⅰ はじめに

(1)昨年から北海道で先駆的に水無し乾田直播にリスクを取ってチャレンジしている共和町の合同会社ぴかいちファームの農業経営者の山本耕拓(やまもと たかひろ)さん(以下、山本さん)を取材した記事を詳しく掲載していることから、山本さんがどれだけイノベーターであるかについての記述はここでは割愛する。

(2)今回、山本さん以外でもチャレンジングなコメ生産者がこの北海道に居ることを聞き2023年10月12日に秩父別町に所在する(株)川合農場を訪問した。
取材を終えての自分の偽らぬ印象としては、北海道にはリスクを恐れずチャレンジする、そして新技術を否定する風土を打破しようと努力している本当のイノベーター農業経営者が、沢山居ることに改めて気付かされた取材であった。

Ⅱ (株)川合農場の乾田直播の取組について

1.(株)川合農場の概要

(1)(株)川合農場は、北海道でも有数の水田地域の一角に所在する秩父別町にある。この地で4代にわたって農業を続けている農業経営者の川合雅記(かわい まさき)さん(以下、川合さん)が今回の取材先だ。
現在、川合農場では水稲のみ合計約45haを作付けしている。ただし、先の取材先である共和町の山本さんとは違い、主力は加工用のモチ米で、一部に飼料用米を作付けという状況である。また、共和町の山本さんと同じ新技術を活用しての乾田直播での作付けは畜産農家と連携した稲サイレージ(稲WCS)の作付けに限られ、それも稲WCS作付け面積200aの内66aとごくわずかな面積である。

(2)川合さんのお話では「今年から稲WCSを含めて全てに菌根菌を使用することで、育苗の根の伸び方が依然とは全く違う」ということだった。菌根菌の活用で反当り10俵以上の収量が期待でき、直播も同程度の収量が確保できる見通しだという。この経験から、今後は労働力、費用を削減できる菌根菌利用での直播にシフトしていく意向とのことであった。

(3)川合さんから強い意志を感じたのは、現在の主力である加工用のモチ米の拡大ではなく、飼料米を含めた畜産農家と連携した菌根菌利用での水無し乾田直播での稲WCSの大幅な生産拡大の意向であった。
この取り組みは、今年から始めたばかりではあり極一部の66aという面積に過ぎない。しかし、今後は稲WCSを50ha、100haと増やしていき労働費を大幅に削減し経営効率を上げ、少人数で事業を行うことが当面の農業経営における目標ということであった。


<(株)川合農場のフル自動精米機倉庫の内部とそのコントロールパネル>
2.なぜ、新技術の乾田直播にチャレンジしたのか?

 (1)川合さんに新技術というべき、菌根菌利用の乾田直播に取り組んだきっかけを伺った。それは、やはり北海道内での先駆者である共和町の山本さんの取り組みを見たことによるものであった。しかし、川合さんと山本さんには大きな違いがある。山本さんは主食用のコメ生産であるが、川合さんは畜産農家と連携した耕畜連携での稲WCS用の栽培なのだ。その理由を伺う中で、私自身が元々農林水産省で畜産分野を専門に仕事をしてきたことから、耕種農家と畜産農家との連携上の課題の話になり、川合さんから「近くに畜産農家としっかり連携ができる農業経営者の知り合いがいる」との話があった。そのような確固たる信頼関係で連携できる畜産農家の存在や、お互いが意向や事情を理解できたことが大きいとのことだった。

(2)ここから若干、耕畜連携での専門的な話になるが、耕種農家が畜産農家と連携する上で一番肝となることを川合さんも力説されていたので、あえて丁寧に書くこととする。
昔は特に稲わらについては、耕種農家が丁寧に刈り取った稲わらを棚に掛けて天日乾燥させて、泥が付いていない綺麗な稲わらを畜産農家に提供していた。それが、自脱型コンバインの普及で稲わらを回収しなくなり、日本での稲わらでの耕畜連携が大きく衰退していったところである。

(3)農林水産省では、これを打開するために耕種農家の稲わらの回収事業等も実施したが、昔と違って耕種農家と畜産農家の所在地の分離が進み、耕種農家と畜産農家がお互いにその意向や事情が理解できない環境になってしまった。泥が付いたような品質が適さない稲わらを耕種農家が畜産農家に販売してしまうと、畜産農家から見ると、耕種農家を信頼できない、そのようなものは買取できないということになってしまうのだ。実際、道東の畜産地帯と耕種地帯の距離の遠隔以上に、両者の意識の差、隔たりが大きくなってしまったと川合さんは力説していた。

(4)しっかり連携が出来る畜産経営者は、川合さんの稲WCSならいくらでも道東から取りに来て買うよという信頼関係をも築くことができたのだ。その結果が、稲WCSの50ha、100haの拡大という先に記した経営目標につながるのだ。
その目標に向け、稲WCS用の中古のロールベーラー機は既に購入しており、今後の付近の離農地を利用することで、畜産農家から求められる稲WCS生産へ経営をシフトとする意向であるという。さらに、現在の加工用のモチ米の引き合いも相当あるので、今後はモチ米の価格UPを進める意向であるという。誠に、強気の販売戦略として秀逸である。
なお、現在二軒の畜産農家との取引があるが、従来は子牛用の稲WCSが主であったが、最近はその利用量が増えています。それに加え、敷料用途であるもみ殻も年間250トンほどの取引されるようになった。

 

3.モチ米、飼料米、WCSでの乾田直播の相性は?

(1)私が最初に驚いたのは、都府県の代表的なコシヒカリであれば1反6~8俵が標準的な収穫量だが、北海道では1反10俵取れて当たり前ということだった。乾田直播で本当に10俵が取れるのか?と質問したところ、育苗より不安定ではあるが遜色なく経営出来る、WCSの成長も水無しに関わらず思ったより順調だったとのことだ。つまり、菌根菌と菌根菌に適した管理をすると、育苗と比較しても全く問題ない相性であると推測される。
そのためには山本さんのようなしっかりとした栽培技術があることが肝心だが、川合さんはデジタルクリエイターを自称されていて、6年前からドローン請負散布業開始、それ以前はラジコンヘリコプターで請負散布業をやっていたという経歴の持ち主だ。しかも、地元の町内でのスマート農業組織の運営にも携わっていることから、実際の自分の農業経営においてもRTKドローンや自動操縦トラクターを導入して、労働費の削減に積極的に取組む先駆的な農業経営者であることが、この取材で分かった。

(2)少々話は横道に逸れるが、自分のイメージで北海道の農業経営者は既に都府県でいう農家という意識はなく、果敢に前例踏襲主義を打ち破りチャレンジする方ばかりだと共和町の山本さんを取材して感じていた。
だが多くの水田地帯の農業経営者は、やはり都府県と同じように地域の和が第一で、ドローンや自動操舵トラクターなどの新技術をなかなか認めない風土だという。水田の水利権の関係から人の和を重んじ、変化を嫌う土地柄なのであった。

4.将来の自分の農業経営の可能性をどのように考えているのか?

(1)現在、川合さんの(株)川合農場の売上高はおよそ7千万円ということだが、当然、稲WCSの作付け拡大により、机上の概算でも50haであれば最低でも5千万円は上昇するはずだ。それにつれてモチ米の価格も相乗効果で上昇が期待され、現状の2倍程度の売上高になると想定される。

(2)これが、100haになれば言わずもがなの売上高になることになるはずなので、それを本当に一人でやれるのですか?と質問した。その回答は「水無し乾田直播のWCSで50haを一人で回せる体系を構築したい」とのことだった。もしそれで100haをやることが一人で無理なら、そこに有望な一人を加えることで、50haの2倍の100haが当たり前に回せる体制としたいという。
   前述したように、この秩父別町が水田地帯ということで、水田の水利権の関係から人の和を重んじ、変化を嫌う土地柄ではあるものの、我々の世代から下と共にが、それを変えるタイミングを考えているという。農業経営者というより戦略家としての一面を強く垣間見た気がした。

5.今の自分の農業経営において、一番大切にしているポリシー&経営理念は?

(1)取材の終わりに川合さんの今の農業経営のポリシーを伺ったところ、即座に「一人でやれる経営が自分のポリシー」とあった。その理由を詳しくお聞きすると、川合さんの経営理論からすれば、100haを二人で作業を分担しながら回すのは本当の効率化ではない。50haをマニュアル等で完全に一人で難なく回して、それを二人にすれば100haを難なく回せる体系が構築できれば、非常時にはどちらかだけでも農業経営の全体が回るはずという。その考え方を聞き、本当に従来の農業経営者の思考ではなく、ドローンや自動操舵トラクターを駆使するデジタルクリエイター的な思考だと強く感じた。

(2)また、将来は稲作でもメタンフリーが当たり前の社会が来るので、菌根菌などの利用で乾田直播は労働費の削減とともに、メタンフリーというキーワードが重要な意味を持つ時代が来るとお話された。私も新技術による日本のコメの輸出の拡大で、長期的にはそのことに異論はないが、短期的には川合さんのようなデジタルクリエイター的な感覚、またプロダクトアウトではなくマーケットインでの消費者のニーズを的確に捉えた、時系列の各段階でのメタンフリー戦略が、農業経営者サイドの視点として必要だと、お互いに納得して熱のこもった議論を行った。

(3)最後に余談にはなるが、これかからの農業経営者に重要なことで、現状、この秩父別町の水田でも半分以上が農業用ヘリコプターからドローンに置き換わっており、将来は全てがRTK測量でのドローンになると見込まれる。
また、全国での5G、6G基地局の設置で、自動操舵トラクター等が当たり前になる時代が来るのはそう遠いことではない。川合さんが強く言われたのは日本のドローンは他国製ドローンと比べて5年は遅れていて、その差は開き続けている。現実的に映像の処理技術からしても全く駄目だし、今の日本のドローンは他国製と比べると価格も高く、2023年夏に大幅値下げされたものの農業経営者として使える代物ではないと発言があった。農林水産省で国産ドローンを推進してきた立場から非常に衝撃であった。

Ⅲ あとがき

  • 福岡県出身である私の農家のイメージからすると、北海道の多くの農家はもはや農家ではなく農業経営者であり、地域での古いしがらみにとらわれずリスクを取ってでも新技術にチャレンジする山本さんのような農業経営者ばかりだと考えていた。しかし、現実は北海道でも水田地帯の農業経営者は、地域での前例踏襲の考え方にぶつかり、なかなか自分の言いたいことが言えない、自分のやりたい経営への変換が図れない、都府県で代々続く農家と同じ状況であることが、強く印象に残った。
  • 今後は川合さんのようなデジタルクリエイター的な思考、そして山本さんのようなリスクを取ってでも新技術にチャレンジする先駆的な農業経営者が、この北海道だけでなく日本全体で増えてくるものと、私は確信している。それでも、今現場でそのことに日々苦労している川合さんのようなチャレンジャーの農業経営者の方々に、自分がどのようにお手伝いが出来るのかを問う必要があると強く感じた取材であった。
  • 今、私は早稲田大学招聘研究員として稲作のメタンフリーを含めたカーボンニュートラルについて学んでいるが、つい最近、専修大学法科大学院で新たに始まった「土地国家帰属制度」の科目も受講し始めたことから、今後、更に増えるであろう耕作放棄地をどのようにしたら川合さんのような先駆的な耕種農家に活用してもらい、畜産農家と連携した稲WCSなどの生産拡大に繋げられるかについても考えたいと思う。それが、農林水産省で長年お世話になった畜産関係者の一人として、北海道の畜産農家へのせめてもの恩返しになるのではないかと考えているところである。

梶山正信
一般社団法人フードロスゼロシステムズ代表理事(行政書士)

筆者プロフィール
 1961年生まれ 
 2021年まで農林水産省に勤め、現在は一般社団法人フードロスゼロシステムズ代表理事、行政書士として活躍中
 2023年からは、早稲田大学招聘研究員として、カーボンニュートラル、地域活性化等を学んでいる。

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