HAL財団

「家業」から「地域企業」へ

WEB版HALだより「テキスト版」

2024年1月23日号 (通算23-36号)

ご存知でしたか? 小さな最中の大きな変化を!

*今回の「WEB版HALだより」は、野菜ソムリエとして大活躍の吉川雅子さんにお願いしました。

レポート:吉川 雅子

ご存知でしたか? 菓子メーカーの「六花亭」の「ひとつ鍋」のパッケージが去年の秋から変わっていることを。
鍋型の最中。若い時はそれほど心を動かすお菓子ではありませんでした。しかし、こういうお菓子が美味しいと思うお年頃になったようです。
「あ、中身がちょっと変わったのね」というだけではない“ステキな物語”をご紹介します。

◇豆のお話

~ちょっと豆の歴史を紐解いてみます!~

豆類は、人類が穀類に次いで最も古くから食用栽培した植物といわれています。私たち、日本人にとってもなじみ深い食材であり、さまざまな種類の豆類がいろいろな形で利用されています。
それらのほとんどが中国を経由して日本に伝わっています。大豆が弥生時代の初期に、小豆が飛鳥時代に、えんどう豆やそら豆は8世紀頃伝わったとされています。ただ、古代の遺跡から小豆の種子が出土されている例では日本が最も古いことから、小豆は日本が起源という説もあります。いんげん豆は中央アメリカから南アメリカが原産地と考えられ、ヨーロッパ経由で中国に伝わり、江戸時代に中国の渡来僧の隠元によって伝えられたという説が一般的です。

(いろいろな豆)

「大福豆(おおふくまめ)」と「手亡豆(てぼうまめ)」は同じく白い豆ですが!

豆には大きく「つる性」とつるなしの「わい性」に分けられます。つる性の豆の中でも、「大福豆」と「虎豆」「白花豆」「紫花豆」の4品目は「高級菜豆(さいとう)」と呼ばれています。これらは芽が出て、つるを出し、主茎頂部に花房を着けず、周囲のものに巻きつきながら伸長を続けます。草丈は3メートルほどにも及ぶため、「手竹(てだけ)」と呼ばれる長さ3メートル弱の竹製の支柱を用いて栽培します。
一方、わい性の「手亡豆」や「金時豆」は、主茎頂部に花房が着き、分枝して横に広がります。草丈は55~65センチメートル程度で、栽培時に支柱は不要です。
「大福豆」などつる性の豆は多くの手間がかかるため、わい性の菜豆よりも価格が高く流通されていたことから「高級菜豆」と呼ばれるようになったのです。

<言われないとわからない小さな変化>

◇「六花亭」の人気商品「ひとつ鍋」

「六花亭」の初代社長・小田豊四郎氏は、帯広の開拓をお菓子で表現しようと考え、“十勝開拓の父”とも呼ばれる依田勉三(べんぞう)の資料を読みあさりました。その中で「開墾のはじめは豚とひとつ鍋」という句を知ることになります。
そののち、鍋の形をした最中の中に餡と求肥が入っている人気の商品となります(白餡のほかに小倉餡とこし餡がある)。
最初の「ひとつ鍋」の白餡は100%大福豆だったそうです。途中から値段の乱高下があったため、商品を安定供給するために大福豆と手亡をブレンドした白餡として提供を始めることになります。

◇白餡から「大福豆」へのきっかけ

浦幌町の畑作農家の十字農園の十字満さんは、5年ほど前に「六花亭で使う大福豆を栽培してくれる生産者を探している」という話を聞き、自分でも栽培してみようと思ったそうです。当時、地域では支柱として竹を必要とする豆では白花豆の栽培を推奨し、ほかの豆を栽培しようとする生産者はいませんでした。それは同じような形をしている大福豆よりも粒が大きい白花豆の利益率が高いからです。

「なぜ、十字さんは大福豆を作ってみようと思ったのですか?」
「六花亭のお菓子が好きだったし、栽培した豆が六花亭で使われるとわかっていることに魅力を感じました」。

栽培に取り組む際に関係者に確認したことがあるそうです。
「今栽培している白花豆よりも利益率の低い大福豆に取り組むには、今の自分たちの労働力やノウハウでは難しい」と。
そう投げかけた際に、「今の白餡のひとつ鍋は、いずれは大福豆100%の餡に戻すのが目標だ」と聞き、本当に必要な豆であると確認。「自分もその手伝いをしたいと思い、自分の農業の目標の一つにもなった」と言います。

◇手間暇がかかる大福豆栽培

最初は経験もノウハウも何もない、実験のような栽培から始まりました。作業によっては人手もかかることから、企業に応援を頼むといった協力関係の構築をしながらコツコツと続けました。
大福豆は5月下旬の種まきから始まります。発芽が揃い始めるとつるが伸び始めるので、4株を1組として4本の手竹を株の横に挿し込み、上部を交差させてゴムバンドで結束します(「竹さし」)。この作業は2人1組で行います。さらにつるが伸びてくると「つる上げ」といって専用テープなどで支柱から外れたつるを縛って固定します。その後、手作業による除草を繰り返します。7月後半には白い小さな花が咲き始めます。8月下旬から9月中旬は「登熟期」といって中の子実が膨らんできます。十分に大きく成長した子実は水分が抜け、鞘や子実が硬くなる「成熟期」を迎えます。そうなったら、根と茎を切る「つる切り」を行います。そのまま置き、10月上旬から中旬にかけて「ニオ積み」という作業を行います。竹を抜き、ひとまとめにして雨よけのテントをかけて1カ月ほど自然乾燥させます。この作業が一番大変だそうです。2~3人1組で行いますが、十分に大きくなったつるなので重さもあり、さらに自分の背丈よりも長い竹を抜いたりするのが本当に大変。その後は脱穀機による脱穀、手竹の片付けなど続きます。

☆ニオ積み体験

昨年11月、私は東京の知人たちと十字農園を訪れました。ちょうど大福豆のニオ積み作業の時期でした。大して役に立たない3時間ほどのお手伝いでしたが、終了時には肩や腕が痛くなっていました。これを広大な畑全部をするのは並大抵なことではないと痛感しました。

(大福豆)

(十字農園看板)

(やり方を教わる私たち)

(枯れたつると支柱の竹を抜き取る!)

(支柱とつるを分ける)

(支柱とつるを分ける 支柱は長くて抜くのが大変!)

(枯れたつるを女性の背丈くらいに積む)

(数時間でもお役に立ったかな) 

(雨に当たらないようにブルーシートをかける)

(上空から見たニオ積みが終了した大福豆の畑)

(収穫前の小豆。小豆は丈が低いから支柱がいらない)

◇5年の歳月がかかって実現!

毎年、大福豆の栽培面積を少しずつ増やし、効率性を重視したノウハウを蓄積させながら収穫量を増やしていきました。ここ何年かで、十字農園をはじめ数軒の十勝の生産者や他産地の協力で一定量の大福豆の供給ができるようになりました。
そうして、5年目の昨年11月10日、大福豆100%の「大福餡」が復活したのです。
十字農園はおよそ20ヘクタールの畑で、小豆や大豆、黒豆のほかにもいろいろな豆、小麦、ビート、ジャガイモなどを栽培しています。そのうち2023年は3ヘクタールほどが大福豆です。
大福豆の栽培面積が大きくなるにつれ、「ニオ積み」に関心のある道内外からの人たちが年々増加しています。また、六花亭の社員で、会社の許可をもらって援農する有志のグループが来ていて、昨年は延べ17人の社員の方が参加したそうです。
新しくなった小さなお菓子の餡には、時間をかけた、さまざまな思いが込められた物語が詰まっているのです。

最後に、
「十字さんにとって大福豆とは?」
「周囲で大福豆を栽培している人がいなくてノウハウが少なかったことが、逆に自分で一からチャレンジできる作物としてのおもしろさを与えてくれました。栽培はとても大変ですが、ひと手間かけると応えてくれる豆だいうことにも気付きました。そして、何よりも、六花亭をはじめ、農作業に携わりたいと畑に来てくれる農業以外の人たちの数が年々増え、その人たちとの縁を繋いでくれた大切な豆です」。
11月10日の販売初日、「大福豆」と書かれた新しい白餡の「ひとつ鍋」を求めに行きました。この5年にも及ぶ物語に、ほんの少しですが、偶然にも関わることができたことが嬉しくて、しっかりとコーヒーとともに味わいました。

(販売当日(地元の新聞広告))


プロフィール
吉川雅子(きっかわ まさこ)
マーケティングプランナー
日本野菜ソムリエ協会認定の野菜ソムリエ上級プロや青果物ブランディングマイスター、フードツーリズムマイスターなどの資格を持つ。

札幌市中央区で「アトリエまーくる」主宰し、料理教室や食のワークショップを開催し、原田知世・大泉洋主演の、2012年1月に公開された映画『しあわせのパン』では、フードスタイリストとして映画作りに参加し、北海道の農産物のPRを務める。
著書
『北海道チーズ工房めぐり』(北海道新聞出版センター)
『野菜ソムリエがおすすめする野菜のおいしいお店』(北海道新聞出版センター)
『野菜博士のおくりもの』(レシピと料理担当/中西出版)
『こんな近くに!札幌農業』(札幌農業と歩む会メンバーと共著/共同文化社)

取材協力:十字農園 十字満 https://www.instagram.com/jmitsuru/

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/1684/