HAL財団

「家業」から「地域企業」へ

WEB版HALだより「テキスト版」

2024年2月27日号(通算23-40号)

書籍紹介 「幸せの条件」

今回は小説を紹介。
初版は2015年8月と10年近くも前になる。改版が出たのが2023年5月という本だ。誉田哲也著「幸せの条件」

ストーリーは、理化学実験用ガラス器機メーカーの「役立たず社員」瀬野梢恵に、まさかの社命が下された!それは、単身長野に赴き、新燃料と注目されるバイオエタノール用米栽培の協力農家の獲得だった。行く先々で断られ続け、なりゆきで農業見習いを始める梢恵。だが多くの出会いが、恋も仕事も中途半端だった彼女を変えてゆく―。

誉田哲也といえば幅広いテーマで小説を書くが「ストロベリーナイト」に代表される姫川玲子のシリーズや「ジウ」といった警察小説の印象が強いが、今回は農業がテーマである。

解説によると、十年余りに渡り構想を温め2011年7月から読売新聞社のウェブサイトで連載されたという。

主人公は、東京の小さな理化学ガラス機器を作る会社に勤める24歳の女性社員。大学理学部を卒業しているが、開発などの業務には携わることができない。しかも仕事の意欲はない。恋人ともうまくいかない。その主人公にある日転機が訪れる。社長から長野県に出張が命ぜられるのだ。その目的がバイオエタノール用のお米を作ってくれる農家を探すこと。

小説のなかで重要なポイントとなるのが、東日本大震災だ。震災に遭遇し、長野に移住。しかし、農業法人社長の従兄弟が福島県から長野県に越してくる。もう福島ではお米は作ることができない、と。

10年も前の作品であるが、お米を食べ物としてだけではなく、新たなエネルギー資材として捉えたり、農業現場と違う業種の「常識の違い」「言葉の違い」などなど、思い当たることが多々あるのだ。私にとっては「あぁ、そうそう」「なるほど」「同じだ」となるのだ。

そして、誉田哲也が本書でテーマとした課題はどうなっているのだろう、と気になる。解説を記した読売新聞メディア局の田中昌義記者の文を一部紹介しよう。

「ところで、誉田さんが本作で示した社会課題は今、どんな状況にあるのだろうか。カーボンニュートラル(脱炭素)社会実現のための切り札の一つとして期待されるバイオエタノールについては、我が国では高コストという経済性の問題などがネックとなり、今のところ幅広い分野で普及しているとは言い難い。ただ、世界中でサステナブル(持続可能)な社会に向けた取り組みが進む中、国内でも新たな動きが出てきている。」と記している。

今まさに話題となっているのが、カーボンニュートラルだ。これからの農業界が直面する課題の一つだ。

私がこの本に強く惹かれたのは、とにもかくにも農業の現場がイキイキと描かれ、魅力的な職業であることが伝わってくるからだ。もちろん、人間関係や繁忙期の忙しさ、多くの多くの大変さも書かれている。しっかり取材したことが分かる。

そして、農業は農業だけではなく、他の産業と連携する必要があったり、新しい収益の基軸になる「可能性」をも追いかける姿が丁寧に描かれているからだ。

誉田哲也が得意とする人物像。葛藤、悩み、そしてそれを突き破る姿。非常にさわやかな気持ちになる小説だ。

(HAL財団 上野貴之記)

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