HAL財団

WEB版HALだより「テキスト版」

2026年1月27日号
通算25-20号

畑でつくるお米の話

*今回の「WEB版HALだより」は、2年前から大変好評だった、農業とは縁のなかった写真家・藤田一咲(いっさく)さんに、北海道農業の現場を見てもらい話を聞く企画です。2025年も3カ所の現場に足を運んでいただきました。今回もHAL財団・上野貴之が聞き手となる対談形式でお届けします。私は敬愛の気持ちから、今年も一咲さんと呼ばせていただきます。

(HAL財団 企画室 上野貴之)

衝撃・畑のお米!

●上野:一咲さん、昨日は東京から網走まで空の旅、お疲れさまでした。今日の取材もよろしくお願いします。
★一咲:夜食におにぎりを用意していただいて助かりました。ありがとうございます。
●上野:美味しかったでしょう?
★一咲:すごく美味しかったです! 北海道のお米でしょうか? 言い方は悪いかもしれないけど、冷めたおにぎりでこんなに美味しいのは初めてです。
●上野:そう言ってくれると思って、地元の居酒屋で作ってもらいました。冷めても美味しさが長続きする。これは北海道のお米の美味しさの特徴の一つですから。ということで、今日はお米の現場取材です。一咲さんは写真家ですから、お米のある田園風景はお好きでしょう?
★一咲:はい。大好物です。田んぼの風景は、お米の国日本の原風景ですからね。水を張って鏡のようになった水田に青空や流れる雲、周囲の山々などが映り込んだ風景は初夏の被写体として最高です。その水田の上をそよぐ風が作り出す水紋もまたとても美しいですし。
●上野:田んぼには色んな昆虫やオタマジャクシがいたりして。カエルの大合唱もいいものです。
それでは、これから網走市にある福田農場(当主・福田稔さん)に向かいます。

★一咲:北海道は寒いので、米どころというイメージはぼくの中ではあまりないのですが。
●上野:そうかもしれませんね。
★一咲:お米といえば、やっぱり新潟県と秋田県でしょうか。コシヒカリにあきたこまち、ひとめぼれ。
●上野:あまり知られていないとは思いたくないのですが、北海道は新潟県に次ぐ日本第2位の米どころ(2026年現在)なんですよ。北海道の雄大な大地、冷涼な気候と良質な水、肥沃な土壌で美味しいお米が作られています。「ゆめぴりか」とか、「ななつぼし」「ふっくりんこ」は聞いたことあるでしょう?
★一咲:家の近くの小さなスーパーでななつぼし、ゆめぴりかは見たことがあります。
●上野:福田農場ではななつぼしを作っています。しかも驚かないでくださいよ。水田ではなく畑で作っているのです。あ、そうそう昨日のおにぎりは、この福田農場で作られたななつぼしのおにぎりです。
★一咲:畑とは、水の張られていない土の上で稲を育てているということですか? にわかには信じられません!

福田さんご夫婦。網走市にある福田農場の看板の前で。福田農場は代表の福田稔さんのひいおじいさんが、大正時代に
開拓したのが始まり。現在は約42haの農地で主にビート、バレイショ、小麦などを生産しています。

畑の米作りは革命か

★一咲:今までお米は水田でしかできないものだと思っていました。つまり、お米と水は切っても切れない関係ではないかと。田んぼは田植えから稲刈りまで、ずっと水がある印象です。その水がなくても、稲が生育してお米ができるということですか? 田んぼに水を張らなくていいし、腰が痛くなるような田植えもない。田んぼの水の量の調整もしなくていい、手間いらずでいいことずくめ! 今までの常識を覆す衝撃的な米作りですね! 最近のニュースでもよく取り上げられる米不足も、一気に解消できる夢のような話! これは夢の革命だ!
●上野:まあまあ、そう興奮しないで。そうなんですよ。お米はたしかにたくさんの水がないと育たない。まず田んぼの水は、川や溜め池から水路を通して、稲の育つ時期などに応じて水の量を調整して溜めます。最初は稲の茎を増やすため、つまり穂を多くして収穫量を上げるために。そして稲の花の咲き始めには最も水が多く必要になる。とはいえ、実際には常に水に浸し続けると根が酸欠状態になって、丈夫な根にならないことなどがあるので、生育の段階に応じて水を抜いて土壌に酸素を供給するため、土を乾かす「中抜き」などをします。
★一咲:ホントにお米は大量の水がないとできないんですね。そして、水の管理も難しそう。でも稲は水生植物というわけではなさそうですが、必要な時にだけ水をあげるのではダメなんですか?
●上野:稲は水生植物ではありませんが、湿地環境に適した半水生植物です。米作りのために田んぼに水を溜めるのは、安定した収穫を得るための米作りの工夫なのです。水を溜めることで、水の保温効果で稲を低温から守る。水に含まれる窒素・リン酸などさまざまな肥料分を供給する。土の中は酸欠状態になり、有害な微生物や線虫などの生物が死滅する。雑草の発生を抑える。つまり雑草管理が容易にできる。土壌を洗浄してくれるので、毎年同じ場所で作り続けても収穫量が減らない。つまり連作が可能という利点もある。
★一咲:裏を返すと、水のないところでは問題だらけでお米は作れない。なんだか畑でお米を作るのは、壮大な夢や大いなる革命ではなく、無謀な冒険、賭けのようにも思えてきますが。
●上野:歴史を振り返れば、時には無謀に見える夢も、人々の思いや行動で現実のものとなった例はいくつもありますよ。福田農場の畑でのお米づくりは、始めてからまだ数年ですが、どんな動機やチャレンジがあったのかをこれから伺いに行きましょう。
★一咲:これはすごくワクワクしますね!

福田米を作っている畑。背後に見えるのは知床山脈。網走の年間平均気温は6.9度とかなり低く、米作りには
不向きな地域とされる。これからは地球温暖化の影響もあり従来の常識も変わってくるのかも。

写真では平坦に見えますが地面は傾斜していて、水を張ることはできないのだそう。そのため、水田ではなく陸稲づくりに
なったのだとか。まだ陸稲の技術は確立されていませんが、北海道の風景が変わる日も近そうです。

驚きの動機が意外な展開

●上野:さあ、福田農場に着きましたよ。どうですか、畑のお米の風景は?
★一咲:むき出しの土の上に稲が植わっているのは新鮮ですね! それに水を張る必要がないので、少しくらい傾斜した地面でも大丈夫なんですね。
●上野:一咲さんは世界中を旅しているから、畑でお米を作っているこんな風景を見たことはあるでしょう?
★一咲:今思い返すと、あれは水が無くなった水田ではなく畑だったのか、と思うような乾燥した環境、干ばつ地帯のような土地で稲を栽培していましたね。大きな川や溜め池、整備された水路のないような土地です。ネパールやインドの北東部、アフリカなどで。標高の高い山地でも見かけました。味は日本のお米とは比べられませんが、すきっ腹と慣れると美味しい記憶があります。
●上野:稲を畑で栽培することを陸稲(りくとう。おかぼとも)と言います。水田の場合は水稲。陸稲は世界の稲作面積の約1割を占め、主にアジア、中南米、アフリカで広く栽培されています。
★一咲:これからは日本でも水不足問題もありそうですから、陸稲がどんどん広がるといいですね。家の庭でも気軽にお米ができたら、米不足も解消しそうです。余ったお米は販売するとか、買い取ってもらうとか。何よりも、ぼくみたいにお米のことを何も知らない者には、米作りの知識や理解ができて、お米がより身近なものになります。毎日の食卓のお米の味わい方も変わってきます。「目指せ、1億総米作り!」みたいな、そんな熱い思いから、福田さんは農業革命を起こそうと陸稲を始められたんですね!
●上野:一咲さん、陸稲はそんなに簡単なものではないですよ。土の上に米粒をパラパラと蒔いたら、あとは雨水だけで肥料もあげず、雑草を抜くなど何もしなくても自然にすくすくと育って、いつの間にかたくさんお米が実っている、みたいなことになりませんから。
★一咲:えええ! 陸稲も水稲に負けないくらい栽培は大変なんですね…。

水の張られていない土に生えている稲。思わず水をあげたくなるような、ちょっと痛々しい光景ですが、これが陸稲です。
根がしっかり張っていて、これからの成長が期待できる状態です。陸稲のみなさん、しっかり育てよ!撮影:2025年7月

●上野:そんな陸稲の大変さを農家である福田さんは、とてもよく知っているのです。そんな福田さんが陸稲を始めたのは2018年。当初は試験用に1平方メートルの土地でスタート。現在(2025年)は、福田さんの農地、およそ42ヘクタールのうち1.5ヘクタールにまで作付け面積は広がっています。
★一咲:1平方メートルって、畳1畳分にも満たないじゃないですか! 家庭菜園ですか? そこでどれくらいのお米ができたんですか?
●上野:あくまで最初は試験用ですから。しかも人に知られないようにこっそり始めたらしい。最初の2年間は全くダメで、3年目に畑は7アールになり、茶碗2杯分くらいの収穫があったそうです。
★一咲:ちゃ、茶碗2杯ですか! よく諦めずに続けられましたね。その強力な動機は一体何だったのですか?
●上野:陸稲を始めたきっかけは、陸稲を全国に! みたいなことではなく、地元のお米を地元の子どもたちに食べてもらいたい。自分の3人の娘たちにもお父さんの作ったお米を食べてもらいたい、という思いからです。
★一咲:それはまた何ともホノボノする動機。農家さんならではの発想。まずビジネスありきではないところが素敵です。福田さんのところでは、普段は主に何を栽培されているのですか?
●上野:ビート(てんさい・砂糖大根)、バレイショ(ジャガイモ)、小麦などを作っています。網走で「畑作3品」と呼ばれるもの。菓子やパン、調味料向けなどの加工用の原料になる農作物。これらは製品になるので、子どもたちがお父さんは何を作っているのだろう、と思っているのではないかとか、福田さん自身も生産者として消費者とあまりにも距離がある、と感じたのが陸稲を始めたきっかけにあったのかもしれません。
★一咲:ただ作って売れればいい、ではなかったんですね。何のために、誰のためになぜ農業をしているのかを感じていたのか。農業をしている実感をしっかり感じたいというような。
●上野:福田さんは、自分の作った農作物を顔の見える範囲の人に食べて欲しい、という思いがとても強い人。またそれが陸稲を続けるモチベーションにもなっているようです。
★一咲:たいていの人はビジネスとして成り立っていればそれでいい、となりそうですが。
●上野:福田さんにとっては、食べる人の反応が見えなかったら、農業することが量や価格などビジネス、経済性のみが目的になってしまい、農家としての誇りを保てない、ということなのでしょう。

稲の成長を細かくチェックする福田さん。畑の雑草もきちんと抜かれていて、丁寧に育てられているのが
よくわかります。雑草はどれだけ抜けばいいのか、考えるだけで気が遠くなります。

陸稲畑にて福田さんご夫婦。仲の良い夫婦が作るお米には福が来る、そんな感じがするのはぼくだけでしょうか? 
ご主人の服は鳶の人が着る鳶服? 農作業でも機能と安全性を両立させているのでしょう。オシャレ。

陸稲の未来

★一咲:網走は昔から米の産地だったのですか?
●上野:かつては網走にも水田はあったのですが、1931年から5年の間に冷害による凶作が4度あって、昭和初期以降は水田はほとんど見られなくなったようです。もともと網走は年間の平均気温が6.9℃(気象庁)という低温な気候ですから、米作りには不向きな土地だったのです。ちなみに、これまでは北海道内の米作りの北限は遠別町でした。
★一咲:福田さんの、それまでの常識を覆すようなたゆまぬ努力とチャレンジ精神が、このお米の畑の風景を実現させているんですね。
●上野:その果敢なチャレンジ精神を評価して、HAL財団では2025年「第20回HAL農業賞」 優秀賞 フロンティアチャレンジ賞を表しました。
★一咲:それはまた素晴らしいところに注目されましたね。下世話な話ですが、賞金も出たりしたのですか?
●上野:福田さんは賞金で精度の高い色彩選別機を購入されたそうです。識別精度が高くないと、小石や砂、着色粒、胴割れ粒などの異物がお米に混じってしまい、見栄えも悪く食べにくくなるのです。今日は取材の後、その色彩選別機にかけた福田農場のお米を食べに網走市内の居酒屋「旬なごちそう 菜ご海」に行きますよ。昨夜のおにぎりを作ってもらったところです。

たわわに実り始めた陸稲のななつぼし。今年(2025年)は、猛暑、水不足、強風などがありましたが、
6.5トンの収穫量が見込まれています。福田さん、ななつぼし、よく頑張った! 撮影:2025年9月

「第20回HAL農業賞」 優秀賞 フロンティアチャレンジ賞を受賞した福田さんと副賞の賞金で購入した色彩選別機。緑色の
HALの文字が眩しい。識別精度が格段に上がって小石や砂つぶ、形の悪い米粒などが混入しなくなったという。

★一咲:それは楽しみです! 茶碗2杯しかできなかった福田米は、今ではお店で提供されるくらいの収穫量にまで増えたということですね。3年目から収穫量が増えた大きな理由は何かあるのですか?
●上野:昨年(2024年)は6.3トン*の収穫量がありました。茶碗(1杯150グラム)に換算すると4万2000杯。ここにいたるまでの6年間には、さまざまな試行錯誤があったと思いますが、米の品種をななつぼしにしたこと、ビール酵母の搾りかす由来の肥料を採用したことも大きかったでしょう。*(2025年は6.5トン)
★一咲:福田さんは、これからも地元の子どもたちに食べてもらえるように陸稲を続けていかれるのでしょう。陸稲や生産者の地域とのつながりも強くなりますね。ビールの搾りかすからできた肥料というのがあるんですね?
●上野:はい。アサヒビールの製造工程で発生する副産物を使った肥料です。陸稲では水稲よりも水が不足することで生じる問題を、この肥料を与えることで改善させるのです。具体的には稲が持つ本来の免疫力を高め根の成長を促進します。しっかり成長した根から、稲の生育に必要な土壌中の栄養分を多く吸収することができるようになったのです。稲の免疫力が高くなれば、病気にも強くなります。
★一咲:HAL財団さんの昨年のこのシリーズの取材で、農業には土づくりが大切だと知りました。多様な生物が良質な土壌づくり、改善に必要なことも知りました。ビール酵母由来の肥料は、水稲のように水に棲む生物、微生物の役割を果たしているわけですね。
●上野:将来、陸稲が現在の水稲と入れ替わることはないでしょうが、陸稲は水稲に比べ、水の使用量が少なく、将来見舞われるであろう地球規模の深刻な水不足、地球温暖化に関係する温室効果の高いメタンガスも削減し、収穫前の手間もかからないので農業人口の減少に伴う人的負担の削減にも大いに貢献します。
★一咲:地球環境と人への負荷軽減で美味しいお米を作る。素晴らしい取り組みですね。
●上野:福田農場の陸稲は技術面や制度面でまだまだ課題はあるものの、網走や道内にとどまらず、全国的に注目されています。陸稲は今、世界的にも高まりを見せています。今年(2025年)はハワイでコシヒカリの陸稲栽培に成功したニュースも入ってきています。福田米はさらに試行錯誤を繰り返しながら、今後は地元の小学校の給食や国内需要向けだけでなく、海外にまで輸出されるブランド米になる可能性を秘めていると思います。さあ、これからその福田米を食べに行きますよ!

福田農場で米袋詰めされた陸稲ななつぼし福田米。現在の主な販路は青年会議所やHAL財団の講演会、異業種の交流会
などを通して知り合った人たち。人との繋がりを重視する福田さんならではの販売ルート。2025年には地元の
白鳥台小学校の給食にも提供され、子どもたちの評判も良かったとのこと。福田さんの夢が一つ実現した。

福田米は現在、市内4店舗の居酒屋、飲食店にも卸している。そのなかの1軒に居酒屋「菜ご海」がある。
ここでは福田米を使った土鍋ごはんとおにぎりを出している。写真は店主の伊藤勇太さん。

網走市内にある居酒屋「菜ご海」の福田米を使った土鍋ごはん。昆布を一切れ入れて炊くのがポイント。陸稲ななつぼしに昆布の
旨味成分が加わり、よりツヤツヤで美味しく炊き上がる。陸稲は水稲に比べ味は落ちる、というイメージが変わります。

藤田一咲(ふじた いっさく)
年齢非公開。ローマ字表記では「ISSAQUE FOUJITA」。
風景写真、人物写真、動物写真、コマーシャルフォトとオールマイティな写真家。
脱力写真家との肩書もあるが、力を抜いて写真を楽しもうという趣旨。
日本国内は当然、ロンドン、パリなどの世界の都市から、ボルネオの熱帯雨林、
アフリカの砂漠まで撮影に赴く行動派写真家。
公式サイト:https//issaque.com
写真:ISSAQUE FOUJITA

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