2026年3月3日号
通算25-23号
農家になろう
*今回の「WEB版HALだより」は、野菜ソムリエとして大活躍の吉川雅子さんにお願いしました。
なお、この文章は、筆者及び筆者の所属する団体の見解であり当財団の公式見解ではありません。
レポート:吉川 雅子
「農家になりたい」から「農家になる」!
年の差は40うん歳。そんな二人の出会いは、2022年9月。
SNSで上がってくる「大和ルージュ」という名の赤いトウモロコシ。4年前はまだ試験栽培で、一部の生産者さんだけが栽培していました。当時、栽培時期が早い地域の情報はSNSで目にしていましたが、北海道で栽培している人の情報が入ってこない。キラキラと輝くルージュカラーの穂、その美しいトウモロコシを見てみたい、食べてみたいと思い、種苗メーカーに問い合わせて紹介されたのが、北海道で最初に「大和ルージュ」を栽培した、栗山町在住の中仙道怜(なかせんどう れん)さんです。
今回は、怜さんとの出会い、そしてこの若者の3年半の心の変化と成長、大人の階段を勢いよく登るたくましい姿をお伝えします。

◆時を超えたご縁
出会ったのは2022年秋
種苗メーカーからの生産者の情報は、栗山町在住であることとInstagramのアカウント、そして、〝その人は中学3年生〟だということだけ。中学生?
怜さんと連絡が取れて、「収穫のベストなタイミングに声をかける」と返事があり、いよいよそのタイミングの日が来ました。それが2022年9月でした。
「大和ルージュ」はほかのトウモロコシよりも丈が高い。その陰から怜さんが現れました。お互いにそれぞれの野菜に関する話題を口にし、気付いたら3時間も経っていました。その時に何度も口にし、印象的だったのが、「栗山町の特産品を作りたい」「特産品で町を元気にしたい」という言葉です。
こんなに若い人の農業への思いをもっともっと聞きたいと、そのうちハウスで一緒に播種しながら農業談議をするようになりました。出会った時には、祖父の畑を借りて野菜を作り、「中学生farmer」という肩書きで、日曜日だけ営業する母のパン屋さんの軒先とネットで既に野菜を販売していた怜さん。学校も農作業も販売もある忙しい怜さんと話すためには、日曜日の午後に畑にお邪魔するしかなく、おのずと農作業を手伝いながらの野菜談議となりました。
怜さんからはその時々の農作業の様子や出来栄えなど、私からは今まで見聞きしてきた生産者や直売所(主に道外)のこと、また消費者あるいは料理人は何をほしがるのかなど、事例やマーケティング要素を。話は尽きず、ほぼ毎週訪れるようになりました。

このようなご縁をいただいた怜さんでしたが、実は他にも繋がりが・・・?
誰かの引き合わせ?
私を野菜好きに導いたのは、故・相馬暁先生です。昨年は先生が亡くなって20年。先生の野菜愛、わかりやすく楽しく伝える話術、人を惹きつけるキャッチーな言葉選びなどなどに魅了され、野菜ソムリエになる前から講演をする先生の追っかけをしていました。おかげさまで今も教えていただいたことをいろいろな方にお伝えしています。
そして、先生が亡くなって3年後に、先生の言葉を伝えるため、仲間で作った本があります。私はこの本のレシピ考案と撮影時の料理を担当しました。

それぞれの野菜のレシピも紹介している本『野菜博士のおくりもの』
実は、怜さんの曽祖父と相馬先生は親友で、この本を大切にしていたそう。曽祖父から「お前は相馬さんにそっくりだから」と、この本を譲り受けたとのこと。その事実を怜さんのInstagramから知った時は、心臓が飛び出るくらいに驚いたことを思い出します。まさに、相馬先生が私たちを引き合わせたとしか思えない!そんな時空を超えたご縁があったのです。

手前の立派なネギやエダマメは、怜さんが苗を作り、
曽祖父が育てたもので、ひ孫の苗を毎年楽しみにしているそう。
怜さんと話していると、今まで私が出会った生産者さんから聞いたことがないワードがたくさん出てきます。たとえば、「綺麗だ」「カワイイなー」「いい色だ」(と言いながら数分眺めています)という野菜への掛け声、ポットに移植する時にひょろっとした小さな芽があってどうするか尋ねた際には「その子の生命力を信じましょう」など。生で野菜をかじった際の味の評価のボキャブラリーの多さにもびっくりします。
あれ? これって?
相馬先生は「野菜にも生命がある」とよく口にしていたといいますし、講演では野菜を人間にたとえたり、ユーモアあふれるワードで聴いている人たちを惹きつけていました。まさしく怜さんの曽祖父が感じたように、怜さんと相馬先生がダブるのです。だから、怜さんと会って野菜談議をしたくなるのでしょう。
◆ぶれない気持ち
大和ルージュのその後
失敗も繰り返しながら、これまでの経験を生かして畑の土に合う作物、合う作型をこの3年間で体得したようです。
たとえば、高1から本格的に栽培するようになった「大和ルージュ」。北海道の作型の夏収穫では合わなくて、今年は本州の抑制秋作を参考に6月にタネをまく北海道式秋作にしたところうまくいき、札幌市内の百貨店やこだわりの八百屋にも出荷できました。
経験の豊富さや大和ルージュ愛を見込まれ、高3となった頃には、「大和ルージュ」の種苗会社の北海道での試験栽培を請け負うなど、気付けば責任を背負った一人の生産者となっていました。

ルージュカラーも全体にまわっている立派な「大和ルージュ」
2026年1月からは経営者に
2025年は高校生最後ということもあり、いろいろな面で研究しているのが感じられました。高校の3年間は、とにかく興味のある作物を作ってみる。そのうえで、畑の土や気候に適応するのか否か、経営の中心となる作物(メロン)との兼ね合いで作業的な負担の有無などを考慮しました。また、お客様に少しでも質のよい野菜や、可能な限り長期間自分で栽培した野菜を提供するための工夫もしてきました。
2026年1月1日からは「中仙道怜農園」の代表となることが徐々に確定していく中、これまでになかった「農園を経営する」というキーワードが2025年からは頭をよぎっていたのでしょう。

1月中旬に、経営者となった怜さんに会いに行きました。
せっかくなので、私からはマーケティングのレクチャーをしながら、「中仙道怜農園」のブランディング、そのために必要な中長期計画などのアドバイスをし、今年の播種までにある程度考えるように、という宿題を出しました。
怜さんはその数日前に、高校の先輩にあたる「大塚ファーム」の大塚悠生さんに誘われて、東京で行われた「次世代農業サミット」に参加したばかりでしたので、私が話した意味や内容も理解してくれたようです。
そして、経営者になってホヤホヤの彼が、自分が置かれている環境を見据えて口にしたのが、「僕の農業は小さいけど、自分らしい農業を経営したい」「自分が作る農産物で地域を元気にしたい」。
怜さんは高校3年間、春休みには本州の生産者のところに一人で武者修行に行っていました。今年も群馬や静岡へ。
静岡のミカンやお茶の師匠(彼はそう呼ぶ)からは土づくりだけでなく農業に向き合う気持ちや姿勢などを、初めて行ったイチゴ生産者さんからは自分が大事に育てたものをいかにいい状態で送るかの大切さなどを得てきたと。
そして、そのためにも「道具や環境を綺麗にすることも大事だと思った」と言い、見聞きしたことをすぐ実行するように。今までは2足のわらじでしたから、やりたくてもやれなかったことがたくさんあったのでしょう。
師匠と仰ぐ道外の先輩たちからの刺激と〝経営する〟という現実が、行動や考え方、発言にも現れていてとても頼もしく感じました。
「高校生farmer」から1人の「経営者」としての第一歩を踏み出した怜さん。今後もその姿を追っていきたいと思います。次回のレポートをお楽しみに!

誇らしげな顔をしています。
プロフィール
吉川雅子(きっかわ まさこ)
マーケティングプランナー
日本野菜ソムリエ協会認定の野菜ソムリエ上級プロや青果物ブランディングマイスター、フードツーリズムマイスターなどの資格を持つ。
札幌市中央区で「アトリエまーくる」主宰し、料理教室や食のワークショップを開催し、原田知世・大泉洋主演の、2012年1月に公開された映画『しあわせのパン』では、フードスタイリストとして映画作りに参加し、北海道の農産物のPRを務める。
著書
『北海道チーズ工房めぐり』(北海道新聞出版センター)
『野菜ソムリエがおすすめする野菜のおいしいお店』(北海道新聞出版センター)
『野菜博士のおくりもの』(レシピと料理担当/中西出版)
『こんな近くに!札幌農業』(札幌農業と歩む会メンバーと共著/共同文化社)
取材協力
中仙道怜農園 https://www.instagram.com/sensuke831/






