HAL財団

「家業」から「地域企業」へ

WEB版HALだより「テキスト版」

2025年5月27日号 (通算25-04号)

中村桂子 いのち()づる生命誌講座(その4)の開催報告

5月10日(土)、六花亭札幌本店「ふきのとうホール」にて、JT生命誌研究館の名誉館長であり、小学校“農業科”教育イニシアティブの共同代表でもある中村桂子さんの「いのち愛づる生命誌講座(その4)」を開催しました。

今回で第4回となる本講演は、「人類はどこで間違えたのか」をテーマに掲げ、中村さんの長年にわたる生命誌研究をもとに、現代社会における土木・教育・農業・医療を生命誌の視点から再考するというもの。

40億年にわたる生命の歴史を振り返りながら、人間という生きものの原点を検証し、「人間は生きものであり、自然の一部」という事実をもとに、上から目線ではなく、他の生きものと同じであることを認識しながら謙虚に生きることの大切さや、「あなたが生きものであること」を「農業で学ぶ」ことが、日本の社会を変えていく力となることを中村さんはやさしい言葉で語られました。

また、講演では「土」の重要性にも焦点が当てられました。「土」は生態系の基盤であり、人間の生き方にも深く関わるものとして、中村さんは熱く語られ、参加者の胸に深く響く内容となりました。

ほぼ満席となった会場では、多くの参加者が講演に強く共感。「これから人はどう生きるべきか、未来を考えるうえで重要な視点だった」「私たちは便利さを求める一方で、何を犠牲にしてきたのか、改めて考えさせられた」など、さまざまな感想が寄せられ、生きものとしての人の生き方を考える充実した時間となりました。

中村さんの講演は、単なる学問的な考察にとどまらず、現代を生きる私たちに、その在りようを強く問いかけるものでした。

講演会終了後、中村さんが提唱する“小学校教育に農業科を”という理念に共感する道内の市町村、農業団体等による『小学校“農業科”教育イニシアティブ』の情報交流会も行われました。

中村さんを囲みながら、農業教育の取組事例について情報交換が行われ、中村さんが語られた「生きる力を育む学びの原点は農業にある」という農業の持つ教育的価値を改めて認識する貴重な時間となりました。

 (記事:事業部)

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/2582/

2025年5月13日号 (通算25-03号)

野火、山火事、災害、事故には遭いたくない!
消防・救急の現場訪問!

 2025年3月、国内では岩手県、岡山県、さらに愛媛県と大規模な山林火災が多発した。農業現場では、今も野焼きを行うこともあり、山林に近い場所がほ場、仕事場というケースも多い。さらに、農機具の事故や風水害などの自然災害も起こり得る危険要素がある。
 一方で、農業従事者には地域の消防団に入るなど、地域の安全を守る自負心に溢れている人が多い。
今回は、札幌近郊で農地もあり、山林も広がり、さらには工業団地や野球場もあるという北広島市の消防本部を訪問し、どのように火災や災害、事故から身を守ると良いか、そして万が一災害や事故に遭った場合にはどうすれば良いのかを取材した。

 お話を伺ったのは、北広島市消防本部予防課消防司令補の宮澤祐介さん、同じく予防課消防士長の山口翼さん、警防課消防司令補の石黒(ゆう)()さん、警防課消防士長の後小太郎さんの4名。

<山林火災、野火の状況と対策>

▶予防課 山口さん
 北広島市でも野焼きが原因で火災になった事例もあります。特に春先や秋口は“空気が乾燥して注意が必要”です。全国的にも野焼きが原因となる火災(山林火災に限らない)が増えているので、注意喚起をしています。

▶HAL上野
 煙が見えたら119番した方がいいのですか?

▶警防課 後さん
 火災の可能性があれば、ためらわず119番して欲しい。消防では、調査として現地に赴き確認します。

左から 石黒さん 後さん 山口さん 宮澤さん

▶HAL上野
 農業現場で野焼きをする場合はどうすればいいのですか?

▶予防課 山口さん
 消防署に相談、届出をお願いしています。注意事項として、当日の天候状況の確認をして欲しい。特に風が強くないか、空気が乾燥していないか、そういう点を注意して欲しいです。

▶予防課 宮澤さん
 野焼きをやる場合には、「火をつけたらそこを離れない」「複数人でやる」「いつでも火を消せるような水などをしっかり用意する」ことが大事です。

<山菜採りの注意>

 春先の山菜や秋のキノコと、山に一般の方が入ることもあります。万が一、遭難してしまうと地元消防や警察、あるいは役場(市役所)や消防団が捜索に向かうことになります。北広島市の状況を伺いました。

▶HAL上野
 北広島市でも山菜採りの事故などあるのですか?

▶警防課 後さん
 北広島市でも毎年発生しています。2024年度は2件の遭難事故があり、出動しています。北広島市では、消防や警察、そして市役所の方も加わり捜索隊を編成します。

▶HAL上野
 実際の捜索はどのようにするのですか?

▶警防課 後さん
 捜索隊が横一列に並んで山の中を探していきます。

▶HAL上野
 それは、すごく大変なことですね。
 ほかに注意点があれば教えてください。

▶警防課 後さん
 携帯電話を忘れずに持つことが大事ですが、GPSを入れることが大事です。また、現在地を知らせる機能を持つアプリも最近はありますので、活用して欲しいです。

<自然災害、河川氾濫にはどう対処するか>

▶HAL上野
 ここ数年、ゲリラ豪雨や河川の氾濫も増えているように思います。この注意点を教えてください。

▶警防課 後さん
 河川や用水路を確認しに行きたくなる気持ちは分かります。しかし、命が最優先です。国土交通省などの河川情報などで情報収集をして欲しいです。
 万が一、災害に遭ったら119番に電話をしてください。

<119番通報のポイント>

▶警防課 後さん
 119番通報のポイントは、冷静に指令担当の質問に答えてください。指令員は、まず「どうしました」と聞きます。次は「住所」を伺います。その2つ(どうした、場所)で、救急車か消防車が出動します。
 また、2025年(令和7年)秋から、北広島市消防を始め、札幌市消防局、江別市消防本部、千歳市消防本部、恵庭市消防本部、石狩北部地区消防事務組合消防本部(石狩市・当別町・新篠津村)のエリアは「札幌圏消防指令センター」(所在:札幌市)が一括して119番通報に対応することになりましたので、確実に「市町村名」から言ってください。例えば「青葉町」などは札幌市にも北広島市にもあるので、注意が必要です。

<これらの模様は>

 伺った内容は、これだけではありません。警防課の石黒さんは道庁の防災ヘリ隊員としての経験もあり、実際の救急搬送や上空からの捜索、さらには放水の経験談なども伺いました。
 皆さん、カメラの前で少し緊張気味でしたが、時に少しだけ笑い話もしながらインタビューを行いました。このインタビューの様子は、後日HAL財団公式YouTubeチャンネルで公開いたします。

<訓練の様子や消防車、資機材を拝見>

 取材を終え外に出ると、今年の新入職員の訓練が行われていた。消防の放水は非常に大きな力が必要だ。ホースをしっかり固定するには足に力を入れて、と先輩職員から指導されていた。

 山林火災などで使用する資機材「背負い水嚢(すいのう)」に約20Lの水を入れ、さらに防火服や通常の機材で20㎏もあるというのだから、合計で40㎏にもなる。それで傾斜の地面を歩くのは大変な困難を伴う。

 救助工作車に積載している資機材。交通事故、傷病者の救助、水難事故、消防現場とありとあらゆる災害現場で使われる救助ツール。
資機材の紹介や仕事を説明してくれたのは、救助隊長の杉淵さん。

救助工作車の前で整列する新入職員の皆さん。

北広島市には、住宅街、商店街、野球場とともに大曲工業団地がある。2024年度(平成6年度)に導入された、消火剤で危険物火災、油脂火災、一般火災に対応する化学車。

 これから、農作業も本格稼働の季節だ。
 燃料を使う農機具や施設(乾燥施設や倉庫)、さらには毎年のように見舞われる自然災害など危険が多い。今回のレポートで改めて「日々の点検」や「危険に近寄らない」「安全を確保する」という当たり前のことが大事であると再認識した。 農業の現場でも安全に留意して仕事をすることが大事だ。
 また、それぞれがプライベートの時間では、火の始末、火の用心、さらに交通安全に心がけるなどして、できれば119番のお世話にはならないようにしたい。
 しかし、いざという時には、119番に助けを求めることをためらわずに、冷静に行えるようにすることが肝心だ。
このような防災、消防、救急に関して知りたいこと、疑問があれば地元の消防署に相談することが非常に勉強になる。 また、各地の消防署では消防団員を募集しているので、相談に赴いたら消防団についても訊いてみては如何だろう。

▶取材協力
 北広島市消防本部   :北広島市北進町1丁目3-1
 北広島消防署     :同上住所
 北広島消防署大曲出張所:北広島市大曲2番地8

▶ご協力いただいたみなさん
 北広島署消防本部
  警防課長 消防司令  矢村さん
  警防課  消防司令補 石黒さん
  警防課  消防士長  後さん
  予防課  消防司令補 宮澤さん
  予防課  消防士長  山口さん

 北広島消防署
    消防司令補 杉淵さん(レスキュー隊長)

 北広島消防署大曲出張所
    消防司令補 板林さん
    消防司令補 富島さん
    消防司令補 池田さん

 北広島消防署 新入職員の皆さん

(取材・記事:企画室 上野)

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/2553/

2025年4月15日号 (通算25-02号)

~HALクロストークセッション Vol.4~ 動画を公開!

 2023年1月23日に、第1回が開催されたHALクロストークセッション。通常のセミナー形式ではなく、スピーカーから話題提供してもらい、それに対して参加者からの質問が出ることにより、話し合いが広がるという、セッション形式で行いました。
 好評だったため、2024年1月に第2回、8月に第3回、そして、2025年1月20日に第4回を開催しました。


 畑地での米づくりを実践する農家の報告から、多様で進化する資材・薬剤などの話、さらには、収穫農作物の利用や流通といったロジスティックの問題にまで踏み込む話が飛び交うHALクロストークセッション。
 今回は、NEWGREENの中條さん、ペントフォークの伊藤さんから参加者に質問するという特別企画も。伊藤さんが参加者のもとへ突撃質問に行き、笑いを交えながら、様々な意見交換を行いました。


 また、ヤマザキライスの山﨑さんとRICE CREATION(THAILAND)CO.,LTD.の則竹さんが、タイからzoomで参加!米づくりの視察とサポートでタイを訪れている山﨑さんが、その様子を伝えてくれました。


 その他、多くの話題を提供しているHALクロストークセッションの第4回の模様をすべて公開いたします。是非動画をご覧ください。なお、全編は約4時間という長編ですので、話題に応じてチャプター分けもしています。見やすい方をお選びください。

動画URLは
 全編: https://youtu.be/9JiJOajcosk
 チャプター1:https://youtu.be/KHONXqtM094
 チャプター2:https://youtu.be/GXOX_Uby9KY
 チャプター3:https://youtu.be/h5-6jGah1Gw
 チャプター4:https://youtu.be/kesiIGPm0WI
 チャプター5:https://youtu.be/9PD-b6-tYaI

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/2541/

2025年4月1日号 (通算25-号外)

満員御礼 中村桂子講演会 いのち()づる生命誌講座(その4) 「人類はどこで間違えたのか」(拡大・成長・進歩を問い直す)

ご案内しておりました『中村桂子 いのち()づる生命誌講座(その4)「人類はどこで間違えたのか」(拡大・成長・進歩を問い直す)は、定員に達しました。

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/2534/

2025年4月1日号 (通算25-01号)

中村桂子講演会 いのち()づる生命誌講座(その4) 「人類はどこで間違えたのか」(拡大・成長・進歩を問い直す)のご案内


2022年から開催してきた中村桂子いのち()づる生命誌講座。昨年2024年6月に開催した第3回講座。その際には第4回もあるかも、とお話していましたが大好評にお応えし「いのち()づる生命誌講座その4」を開催することになりました。

4回目となる今回は、普段は室内楽に特化した音楽ホールとして使われる「六花亭札幌本店6階のふきのとうホール」で開催いたします。
開催日時、お申し込み方法は、ページ後半の告知写真に記載しております。
たくさんのご応募・ご参加をお待ちしております。

(2024年6月29日第3回講演会の模様)

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/2512/

2025年3月25日号 (通算24-52号)

第19回HAL農業賞受賞者紹介動画完成!

第19回HAL農業賞を受賞した企業を紹介する動画を公開してきましたが、いよいよ最後の受賞者の公開となります。新篠津村の有限会社ファーム田中屋です。
ファーム田中屋画像01
黄金色に染まる稲穂の前で、インタビューに応じる社長の田中哲夫さん。

ファーム田中屋画像02
現在、農作物の生産を担っているのは、長男の徹さんです。

ファーム田中屋画像03
田中さん親子のインタビューも和やかに進みました。少々照れくさそうですね。

詳しくは、本日公開の HAL 財団公式 YouTube にてお楽しみください。

動画URL: 第19回HAL農業賞優秀賞 有限会社ファーム田中屋の紹介動画(全編)
     https://youtu.be/ta0C0X6UDFM

     第19回HAL農業賞優秀賞 有限会社ファーム田中屋の紹介動画(チャプター1)
     https://youtu.be/5LzBtP6sGYE

     第19回HAL農業賞優秀賞 有限会社ファーム田中屋の紹介動画(チャプター2)
     https://youtu.be/f4HnU-bBbR8

企画広報室 山記

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/2494/

2025年3月18日号(通算24-51号)

第20回HAL農業賞贈呈式を開催!

2025年3月7日、JRタワーホテル日航札幌で第20回HAL農業賞贈呈式を開催しました。今年の受賞者は、地域の子どもに自分の作ったおコメを給食で提供したいと網走市の畑で稲作にチャレンジしている福田農場の福田稔さんに「HAL農業賞優秀賞 フロンティアチャレンジ賞」を、また地域の材料をとことん活かし、旗艦店、本店など6店舗全店の商品すべてを十勝産の小麦100%使用し、まさに十勝のパンを製造している株式会社満寿屋商店に「HAL農業賞優秀賞 地域連携企業賞」を、そして「HAL農業賞優秀賞 優秀経営賞」を北見市留辺蘂で玉ねぎを中心に畑作経営を続け、それに加え地域で守り続けたい作物として「白花豆」を栽培し、多くの農家、他業界をも一体化し地域特産を作り出している株式会社森谷ファームに差し上げました。




表彰状贈呈式は、HAL農業賞アンバサダーでフリーアナウンサーの渡辺陽子さんの司会で始まり、HAL財団理事長の磯田憲一から各賞、各社の授賞理由、そして今回までの20回の顕彰で延べ93の団体・個人(企業、農事組合、グループ、学校、個人)にHAL農業賞を贈呈し、受賞された皆さんは今も先頭を走り、農業界をけん引し、地域で核となる事業を行っていることが紹介されました。






表彰状授与では、福田農場の福田稔さんと真和里さん、満寿屋商店からは杉山雅則さん杉山恵子さん、旗艦店麦音の店長で常務取締役の天方慎治さんはコックコートで。そして森谷ファームの森谷裕美さんは和装での参加でした。
また、今までHAL財団の内勤などで参加できなかった職員も全員参加しました。


第15回までは、それまでの受賞者の皆さんをご招待しての表彰状贈呈式と祝賀会を行ってきましたが、コロナ禍でこのような式典を開催することが社会的にも非常に難しくなってしまいました。第16回のHAL農業賞贈呈式は、受賞者のもとにHAL財団理事長他、ごく少数のスタッフが赴き、表彰状を持参し贈呈式を実施したこともありました。

今回の贈呈式には、第1回HAL農業賞優秀賞を受賞した興部町のノースプレインファーム株式会社の大黒宏さん、そしてHALクロストークセッションなどで私たちと一緒に仕事をすることが多いアサヒバイオサイクル株式会社から代表取締役社長の千林紀子さん、アグリ事業本部長の上籔寛士さんも駆けつけてくれました。


表彰状贈呈式のあとは、受賞者そしてゲストの皆さん、財団役職員の交流の場を設けました。アサヒバイオサイクル(株)の千林社長の乾杯のご発声でスタート。和やかで楽しい歓談の場になりました。
もちろん乾杯はアサヒビールの「スーパードライ」をご用意し、懇談が賑やかに進みました。




懇親会では、渡辺陽子アナウンサーから受賞者はもちろん、奥様や同行者の皆さんに「一言」を突然お願いすることに。
突然のフリにも関わらず、皆さん思いを込めたスピーチを行ってくれました。聞いている私たちもジーンとするようなお話もありました。この様子は、後日公開するWEB版HALだよりの動画にしっかりと収録していますので、もう少しだけお待ちください。




また、会場となったホテルの系列ホテルが帯広にもあるとのことで、今回のお料理には特別に帯広から満寿屋商店のパンもメニューに加えられ、満寿屋商店の天方さんがパンの解説をしてくださいました。




授賞のポイントなどをお話する、選考委員の竹林孝さんと三部英二さん。




2005年に第1回を開催したHAL農業賞。今回の第20回で一つの区切りをつけることになりました。
今まで差し上げた表彰は延べ93(企業、団体、学校、個人を合わせ)。
その多くが、今も北海道農業の先頭を走り続け、また地域の中核を担っています。今後は、今までの受賞者の方と一緒にそのノウハウを伝えることなども行っていきます。
これからのHAL農業賞は、必ずしも毎年開催ではありませんが、変わらず北海道農業の経営に目を向け、農業経営を力強く推し進める活動を行っていく予定です。

HAL財団 企画広報室
上野記

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/2483/

2025年3月11日号 (通算24-50号)

土づくりから始まった放牧酪農から未来を探る

*今回の「WEB版HALだより」は、昨年大変好評だった、農業とは縁のなかった写真家・藤田一咲(いっさく)さんに、北海道農業の現場を見てもらい話を聞く企画の第2弾の3回目です。今回もHAL財団・上野貴之が聞き手となる対談形式でお届けします。私は敬愛の気持ちから、今回も一咲さんと呼ばせていただきます。

(HAL財団 企画広報室 上野貴之)

生乳の生産量日本一は?

●上野:前回も聞きましたが一咲さんは毎朝パン食でしたね。牛乳も飲むでしょう?
★一咲:もちろん! そのままでも、コーヒーや紅茶に入れても。ぼくの朝食に牛乳は欠かせない。
●上野:ここでまた答えがわかりやすい問題です。生乳(せいにゅう)生産量日本一はどこでしょう?
★一咲:東京? 
●上野:それはもしかしたら消費量かもしれませんね。
★一咲:生乳の生産量日本一は北海道だということくらいぼくでも知っています。北海道といえばまず、どこまでも広がる大草原で、放牧された牛たちがのんびりと草を食んでいる風景が目に浮かびますから。

●上野:ははは。そうなんですか。北海道の生乳生産量は2021(令和3)年度には400万トンを超え、全国シェアではダントツの第1位です。2023(令和5)年度は391万トン余りと少し落ち込みしましたが、2024(令和6)年度は427万トンと増産の見込みです。
★一咲:2023年度に生産量が減少した理由は?
●上野:夏の猛暑の影響、需要の低迷による生産者団体による生産抑制などがあります。
★一咲:気候変動は植物(作物)だけでなく、動物(家畜)にも大きな影響を与えるんですね。
●上野:そうなんです。乳用牛の主力はホルスタインという品種で、飼養環境としては北海道の涼しい気候が向いていますが、暑さに弱く夏バテすると乳の出が悪くなったり品質が落ちるのです。
★一咲:なるほど、北海道で酪農が盛んな理由は天候にもあったのか。ただ広い牧草地があるだけではなかったんですね。
●上野:そうです。北海道の、牛が過ごしやすい涼しい環境で、牛が牧草をのびのび食べることができるので、牛のストレスを軽減でき、安定した乳量と品質の高い生乳が生産できるのです。
 そうは言っても、北海道の乳用の牛の放牧を主体に行っているのは全出荷戸数の5〜10%程度で、牛は主に牛舎内に固定・繋ぎ留めて飼養する繋ぎ飼いが全出荷戸数の約60%。これは40~50頭規模あたりまでの牛の飼養に適する方式といわれ日本の乳牛舎の主流になっていますが、他には牛1頭ずつに仕切られたストール(休息場所)を備え、牛が自由に歩き回れる牛舎の形態のフリーストール(放し飼い式牛舎とも)が約30%を占めています。それぞれにメリット、デメリットがありますが、最近は餌やりや搾乳の労力が軽減できるフリーストールが増えてきています。
★一咲:牛=放牧のイメージだったのですが、そうでもないんですね。
●上野:30年くらい前までは放牧酪農も多く見られたようですが、生産性が重視される近年は牛舎での飼養が一般的です。さあ、今日は上士幌町の〈十勝しんむら牧場〉に乳用牛の放牧酪農を取材に行きますよ。

★一咲:十勝は酪農が盛んなのですか?
●上野:北海道では道東、道北で酪農が盛んで、釧路や根室方面の別海町や中標津町、標茶町などで牛が多く飼養されていますが、近年では十勝でも多くなっています。
★一咲:十勝には釧路や根室方面よりも何かメリットがあるとか?
●上野:釧路や根室方面は、根釧台地(こんせんだいち)と呼ばれる火山灰の広い大地。火山灰は保水力に乏しく畑作には適していませんが、一年を通して涼しいので、牛の飼養にも、とれた牛乳などを扱うのにも向いています。一方、十勝は畑作も盛んな土地です。牛の餌や寝所用の牧草、飼料のデントコーンを栽培できるなどの強みがあります。
★一咲:畑作ができる=土がいいんですね。
●上野:その土づくりに力を入れているのが十勝しんむら牧場です。そして一咲さんが「北海道の農家さんはもっと貪欲になってもいい」とよく言うように、経営の多角化、新しいスタイルの酪農経営にも力を入れていて、国内外からも大変注目を集めているユニークな牧場です。

上士幌町にある十勝しんむら牧場で放牧されている牛たち。美味しそうに牧草を食べている。土は黒々としていて手に取ると優しい匂いがする。牧草は主にクローバー、オーチャードグラス、ペレニアルライグラスの3種類。
十勝しんむら牧場の放牧地は、自然の起伏を生かしているのでしょう。この起伏が牛たちの運動=健康な体力づくりにも貢献しているに違いありません。
ここの牛たちは人を警戒せず、穏やかにのびのび暮らしているように見えます。食べ物も美味しく、ストレスも少ない。それも美味しい牛乳づくりに欠かせない要因の一つになっていそうです。

牛が喜ぶ牧草地づくり

●上野:十勝しんむら牧場では放牧酪農を行なっています。
★一咲:先ほどの話で放牧は生乳牛飼養戸数の全体の5〜10%と少ないようでしたが?
●上野:それぞれの酪農家さんの方針や考え方、土地の面積、牛の頭数なども関係してくるのでしょう。ここの放牧地の面積は約30ヘクタール。一咲さんに分かりやすく言うと、東京ドーム6個分以上あります。そして牛の頭数は約200頭。放牧酪農のメリットは牛たちが自由に運動しながら、自分の好みや食べたい量に合わせて牧草を食べることができるので、牛の生理や習慣に適しているし、牛自身で体調のコントロールや健康状態の管理をしやすくできること。
★一咲:手間をかけずにそれができるということですね。牛が自由に動き回れるから足も丈夫に、またストレスも少なくなり、心肺機能や内臓の発達にも良さそうで、牛が病気になりにくい環境でのびのびと暮らせるんですね。さらに美味しい牧草を食べていれば、自ずと乳の量や品質に大きな影響が出てきますね。寿命もぐんと延びそうです。
●上野:そうです。牛本来の自然な生態、生育環境に近づけることが、健康的で美味しい牛乳づくりになると、現在の4代目牧場主、新村浩隆さんは考えたのです。そのためにはまず土づくりからだと。
★一咲:健康な土に育つ健康な草を食べると、健康な牛に育ち、美味しい牛乳ができる。やはり今回(2024年)の取材のテーマは「土づくり」ですね。先日のそばも、昨日取材したスペルト小麦も土づくりからでした。農業・酪農の再生・未来は、土づくりからが一つのポイントになりそうです。
●上野:十勝しんむら牧場の土地が、生産性などを重視して長年化学肥料を使ってきて弱った土地だったのか、元々あまり状態の良くない土壌だったのかわかりませんが、本来の自然の土の状態にするために1995年からこの課題に取り組んでいるので、もう30年になりますね。この先、100年、200年先を見据えての土壌改善計画のようです。
★一咲:一口に土づくりと言っても、どんなことをするのでしょうか?
●上野:土の中の窒素、マグネシウム、カルシウムなどのバランスが整うように、土壌に肥料を与えます。ここの草地の広さは約80ヘクタール。実に東京ドーム約17個分の広さの土づくり! 土壌の位置の状態などによって、肥料の種類、量、時期、回数などを調整します。
★一咲:土の環境改善はかなりの年月がかかりますね。この発想は当時としてはかなり先進的だったでしょう。
●上野:昔は土と草はそれぞれ別なものとして考えられていましたから。今ではここの土はミミズもいるほど、いい土になっています。
★一咲:ミミズですか? 海岸の浄化、環境保全に二枚貝のカキやアサリ、底生生物のゴカイ、海草や海藻などの植物、プランクトンやバクテリアなどの微生物などが関わっているのと似ていますね。
●上野:ここもミミズだけではなく、他にも微生物などの生き物が土壌改善に関わっていますが、ミミズの働きは本当にすごいですよ。牛の糞も含め有機物の分解を促進して堆肥のようにして土と混ぜるなどして、物理的、化学的に土壌の性質を改善します。ミミズの体からはさまざまな酵素も分泌されるし、腸内には窒素を固定する細菌が生活していますしね。
 ミミズの活動によって、土壌がそぼろ状の大小の塊になることで、通気性や水分保持力が高まり、降雨時の養分の流失を防ぐ、植物の生育に関わる微生物の活動にもいい環境になるなどの効果もあります。ミミズのいる土は作物の病気や害虫が発生しにくい、栄養価の高い牧草が育つことができる土になるのです。ミミズは健康な土のバロメーターなんです。
★一咲:ミミズにそんなチカラがあったとは。十勝しんむら牧場では牛が喜ぶ牧草地を作っているんですね。そういう意味では、土づくり=自然力の回復・再生みたいな意味があるんですね。自然本来の土・草・牛が美味しい牛乳になる。単に牛乳を多く量産することだけではなく、より高い品質の牛乳を消費者に届けることを考えるとそうなるわけですね。地球環境にも優しく、消費者にも嬉しい。でもコストも高くなりそうですが。
●上野:放牧酪農は酪農家自身が飼育するより低コスト、糞の処理などの省力化、輸入に依存している飼料や化石燃料の高騰などに左右されない経済的な面からも最近注目されています。

日本で売られているほとんどの牛乳は、120~150度で1~3秒加熱された超高温瞬間殺菌されたもの。
十勝しんむら牧場の牛乳は、手間とコストはかかるものの、牛乳本来の風味を損なわない65.3度で30分の低温長時間殺菌されたもの。夏だからか、気のせいか青草のような、フレッシュな香りでさらりとしてあと味さっぱりで美味しい。ちなみに欧米の市販牛乳の主流は低温殺菌。
プラ容器入りの「放牧牛乳」(800ml)は、十勝しんむら牧場内のカフェや通信販売で購入可能。こちらも低温殺菌されたもの。
脂肪球を破壊するホモジナイズ処理をしていないので、搾りたてに近いフレッシュな牛乳の甘みが生きています。

ブタやヤギも放牧されている牧場

●上野:一咲さん、ここではブタも放牧されているんです。
★一咲:ブタもですか?
●上野:はい。東京ドーム約2個半の11ヘクタールに50頭ほどのブタが放し飼いされています。
★一咲:ブタというと色が白くぶくぶく太ったイメージがありますが、ここのブタはそれよりもずっと逞しく濃い色の野生的なブタというか、イノシシのように見えますね。
●上野:そうでしょう! 脂肪太りせず筋肉がよく締まっている、皮膚の色つやが良い、骨格がしっかりしている。足も丈夫でしっかりと歩いていますよね。ここのブタが健康だという証です。
★一咲:自然に近い環境で育ったブタは美味しいのでしょうか?
●上野:放牧のブタは肉がたくさん取れるわけではないようですが、野生に近くすることで健康で強く育ち、2年以上飼養すると脂肪分も適度になって、肉に旨みが加わりスッキリした味わいで美味しいそうです。
★一咲:食べると美味しさと共に、元気なエネルギーがもらえそうですね。
●上野:ここでは乗馬用に飼っている馬とブタが、仲良く一緒に餌を食べている珍しい光景も見られます。
★一咲:ブタは牧草ではなく餌ですか? 
●上野:ブタは草からたんぱく質を合成できないですから、ミネラルやビタミンを与えるんです。
★一咲:ブタの胃はヒトの胃に近いと聞いたことがあります。
●上野:ここにはブタや馬の他にヤギも6頭います。
★一咲:ヤギも生乳用ですか?
●上野:ヤギは草刈り用です。いわゆるヤギ除草。機械を使った除草ではないので、化石燃料の必要がなく、CO2の排出量の削減につながります。騒音もないですし、除草しにくい斜面でも大丈夫です。糞は団子状で臭いも気になりません。
★一咲:ヤギ除草も自然に余計な人的負荷をかけない牧場作りに役立っていそうですね。人も草刈りの手間がかからず楽な上に、ヤギの糞も土づくりに生かされていそうです。

冬も100%放し飼いされているというブタたち。出産も森の中でさせるのだとか。その姿はイノシシのようにも見えます。
子ブタだろうか、カメラに興味津々に元気に寄って来ました。眼も生き生きして活気があり、毛もつやが良く、健康的に育っているのが一目でわかります。子ブタもまるでイノシシのように見えて可愛い。
馬とブタが一緒に餌を食べている、なかなか目にすることができないホノボノとした光景。

牧場の敷地内で飼われている下草刈りのためのヤギ6頭のうちの2頭。草刈り機を使わないので騒音もなく、CO2排出削減にも貢献。刈り取った雑草の処分もなく環境に優しい除草ができるのだそう。

酪農の価値を生かすコンテンツ作り

●上野:生乳は各地域の指定団体に様々な農家の牛乳が集められ、ミックスされて出荷されます。しかしそれではせっかく品質にこだわった牛乳を作っても、それを消費者に届けることはできません。そこで、十勝しんむら牧場では自社で生乳の加工品を作り販売することを始めました。「ミルクジャム」の誕生です。
★一咲:6次産業化ですね。ミルクジャムは最近では耳にしますが、以前は聞いたことがありませんでした。
●上野:十勝しんむら牧場のミルクジャムの発売は2000年。当時は生乳の加工品といえば、バターやチーズ、クリーム、ヨーグルトが一般的で、ミルクジャムは競合もなく、ネット販売を中心に大ヒット商品になりました。他にも生乳から作られる商品としては日本初のクロテッドクリームや、「放牧牛乳」とバター、北海道産小麦、十勝オークリーフ牧場のハーブ卵を使用して焼き上げたスコーンも商品化されています。牧場に併設した牧場のショールーム「カフェ・クリームテラス」もオープンしました。
★一咲:“牧場のショールーム”という発想がいいですね。自然の四季を感じながら、牧場の牛や牧草地のありのままを見て、牛乳など生乳の多彩な加工品を味わうことができるんですね。
●上野:生産者には消費者の反応を直に見たり、要望などを聞いたりすることができます。消費者には牧場の様子や生産者の考え、加工品の味わい方を知る嬉しい機会を得ることにも繋がります。
★一咲:消費者が放牧酪農をより身近に感じ、理解することができますね。
●上野:酪農の価値を高め、消費者と共有する。その素晴らしい経営姿勢に、HAL財団では2006年に「第2回HAL農業賞 経営部門優秀賞」を贈呈しました。今回は取材しませんが、その後も、十勝しんむら牧場は消費者と繋がる酪農を目指して、牧草地のど真ん中に牛に囲まれて入れるサウナ「ミルクサウナ」や、牧場を一望できる「パノラマテラス」、さらには牛の目線で泊まれるをコンセプトにした宿泊施設もオープン。牧場で生産したブタ肉のバーベキューも楽しめるようになっています。
★一咲:酪農を持続的に発展させるための収益性向上の一環ですね。十勝しんむら牧場は、今までよく知らなかった酪農の世界と繋がる面白そうなことをやっていて楽しそうですね。酪農は楽農なんちゃって。
●上野:ははは。実はそんなメッセージを発信しているのかも知れませんよ。放牧酪農やグラス一杯の牛乳を通して、地域や地球の環境についても考えさせてくれます。
 土づくりに始まり、生産から生乳製品の加工・販売・ブランディング、直営カフェやショップ、サウナ、宿泊施設の運営など、どれも今ではビジネスモデルになっていますが、その先駆け的存在が十勝しんむら牧場です。
★一咲:このような酪農の価値を生かすユニークなコンテンツは、従来の酪農のあり方だけではなく、働く環境や地域を変えて行くチカラを秘めていそうで今後の展開がとても楽しみです。

周囲を緑に囲まれた牧場内で、ひときわ目を引く赤いカップから牛が顔を出している看板は、牧場に併設されたカフェ・クリームテラスの看板。こんなオシャレなセンスも、従来の酪農のイメージとはかけ離れていて個性的。
カフェ・クリームテラスのユーモラスな壁面。大きな看板と壁から半身が出ている牛の立体像。牛の立体像は乳搾りが擬似体験できるように造られているのも楽しい。さあ、この写真には何頭の牛の姿が見つかるでしょう?
正解は5頭(ブタも1頭います)。

カフェ・クリームテラスでいただいた自家製のスコーンにクロテッドクリーム、ミルクジャムのティーセット。スコーンの他にワッフルなどもあります。カフェ・クリームテラスは、十勝しんむら牧場内の他、帯広市にエスタ帯広駅店、札幌市にココノ ススキノ店を展開しています。

十勝しんむら牧場の加工品。代表的なミルクジャム(写真上・左)は、原料は「放牧牛乳」と北海道産のグラニュー糖のみ。なめらかにとろけるミルクの豊かな味わいをパンやお菓子、フルーツ、紅茶などに。プレーンの他、バニラや抹茶風味など全10種のバリエーションがあります。クロテッドクリーム(上・中)は、生乳100%の自然な甘さと香りで、さっぱりした味わいが特徴。焼きたてのパンやスコーンにたっぷりと塗って味わいたい。写真上・右は「放牧牛乳」とバター、北海道産小麦、十勝オークリーフ牧場のハーブ卵を使用し丁寧に焼き上げたスコーン。クロテッドクリームやミルクジャムと一緒に。これらはカフェ・クリームテラスや直営オンラインストアなどで購入できます。
十勝しんむら牧場を案内してくれた牧場スタッフの杉山美賀子さんとHAL財団アンバサダーの渡辺陽子アナウンサー。

日本一大きなパン屋の秘密

●上野:一咲さん、お疲れさまでした。これから東京に戻られるわけですが、取材予定外ではありますが、その前にパン屋さんに寄ります。
★一咲:そこはもしかしたら、ベーカリーとしては日本一敷地面積が大きなパン屋さんですか?
●上野:ははは、よく分かりましたね。ここの敷地面積は11,000平方メートル、東京ドームの約1/5の広さです。
★一咲:上野さんが日本一好きなパン屋さんでしょう?! 一昨日も来ましたよ! それに今朝のホテルの朝食でも、ここのパンを食べていましたよね?! 
●上野:ははは、ここのパン大好きです。もうランチの時間ですから、一咲さんもお腹が空いているでしょう?
はい、満寿屋商店さんのフラッグシップ店「麦音(むぎおと)」に着きましたよ。
一咲さんもすでに知っているように、麦音さんのパンは十勝産小麦粉を100%使用しています。また他の食材も十勝産にこだわっています。いわゆる「地産地消」をテーマにパンを作っているのが麦音です。
★一咲:それは日本一大きなパン屋さんの秘密でしょ? 地産地消のパン屋は、どこでもできそうだけど、やはり十勝という土地でなければ難しそうです。
●上野:これは秘密でも何でもありませんが、詳しいことは今度ちゃんと取材しましょう!
おや、渡辺さんがランチのパンを買ってきてくれました。
★一咲:麦音の店内には、購入したパンをそのまま食べられるイートイン・スペースもありますが、広い庭で敷地内にある小麦畑を渡る風の音、水車が回って小麦が挽かれる音、時折り聞こえる鳥のさえずりを聞いたり、木々の間を駆け回るリスを眺めながら食べるのが気持ちいいです。
●上野:味の方はどうですか?
★一咲:どこか優しい味で美味しいですね。小麦は小麦でも十勝産ということもあってか、東京で食べるパンとは食感も味も少し違うようです。これぞ“十勝パン”っていう感じかもです。
●上野:ははは。食べ過ぎてお腹を壊さないでくださいよ。

麦音でいただいたランチのパン。店長の天方慎治さんがオシャレなカゴに入れてくれました。パンは写真・左から、香ばしいローストしたクルミがたっぷりのその名も「たっぷりクルミパン」、写真・中はきたほなみなど3種の十勝産小麦がブレンドされ、ふんわりサクサクな食感に仕上げられた「クロワッサン」、香りと小麦の味わいが豊かな「とかちミニフランスパン」(写真・右)は、十勝産小麦キタノカオリを主に他の十勝産小麦を独自に配合したもの。
こちらもランチで追加にいただいたパン。写真・右は十勝産の希少な小麦「キタノカオリ」と良質な十勝の軟水で作られた「オドゥブレ十勝」。手前のパンは十勝産黒豆をたっぷり使った「黒豆塩バターパン」。すべて美味しくいただきました。

(写真・上)出来立てのパンを愛おしそうに見る麦音店長の天方慎治さん。
(写真・下)天方さんとHAL財団アンバサダーでフリーアナウンサーの渡辺陽子さん。

藤田一咲(ふじた いっさく)
年齢非公開。ローマ字表記では「ISSAQUE FOUJITA」。
風景写真、人物写真、動物写真、コマーシャルフォトとオールマイティな写真家。
脱力写真家との肩書もあるが、力を抜いて写真を楽しもうという趣旨。
日本国内は当然、ロンドン、パリなどの世界の都市から、ボルネオの熱帯雨林、
アフリカの砂漠まで撮影に赴く行動派写真家。
公式サイト:https//issaque.com
写真:ISSAQUE FOUJITA

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/2439/

2025年3月4日号 (通算24-49号)

WEB版HALだより「動画編」を公開!

 2006年第2回HAL農業賞を受賞した「十勝しんむら牧場」の代表取締役である新村浩隆さんと、2013年第9回HAL農業賞を受賞した「前田農産食品」の代表取締役である前田茂雄さんとの対談を先日公開しました。

独創的な経営スタイルで注目を集めるお2人に、北海道農業の課題、そして未来を語っていただき、大いに盛り上がりました。
その対談の公開に先んじて、しんむら牧場の動画も公開しています。農業賞受賞後、会社がどのような成長を辿ったのか、新たな夢や目標はどんなものがあるのか。現在のしんむら牧場の姿を追いかけ、それを映像でまとめました。そして、今回の公開は前田農産食品株式会社です!



この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/2401/

2025年2月25日号 (通算24-48号)

“農家のかあさん”は誉め言葉!

*今回の「WEB版HALだより」は、野菜ソムリエとして大活躍の吉川雅子さんにお願いしました。なお、この文章は、筆者及び筆者の所属する団体の見解であり当財団の公式見解ではありません。

レポート:吉川 雅子

「森田農場」の森田里絵さんと初めて会ったのがいつなのか、残念ながらはっきり覚えていません。ただ、食に関心のある人たちの勉強会で知り合ったのは確か。その後しばらくして、ご主人の実家の清水町で農業をするという話を聞き、とてもビックリしました。
いつも十勝を訪れる際には立ち寄らせていただいていますが、“農家のかあさん”が板についた里絵さんをご紹介します。

小豆の花が咲く畑での里絵さん
畑違いの環境へ

 私の中では、十勝といえば、真っ先に清水町の「森田農場」を思い浮かべます。十勝には知り合いの生産者さんも多く、清水町を通って周遊するため、時間が許せばお邪魔させていただいています。
今回7月に伺った時は、小麦の収穫がほぼ終わったところ。コンバインで刈り取った小麦を、倉庫の大きな乾燥機に入れる真っ最中でした。

乾燥機の前でトラックの誘導をしていたのが里絵さん

会うたびに“農家のかあさん”の貫禄がついてきている里絵さんは、長崎生まれ、横浜育ち。札幌でお会いしていた頃はスーツやワンピース姿が多く、20年ほど前に、「いよいよ清水町に行って、農家をすることにしたのよ」と口にした時は本当に驚きました。
移住した年の夏に、私はすぐに清水町に遊びに行きました。町を案内しながら、清水町の魅力をいろいろ話してくれる姿が、とても楽しそうだと思ったのを覚えています。
ただ、ご両親と自分たちが考えている農業に少し違いがあることや、それでも「信頼を得るまでは今のやり方をしないといけない」ということも話していたのが印象的でした。

森田農場の歴史

森田農場は、明治時代中期に森田小三郎氏が岐阜県から入植。今から120年ほど前のことです。十勝平野の気候に合った農作物である小豆や金時豆などの豆類、ジャガイモ、小麦、ビートを作付けしてきました。3代目の慎治氏の時に畑作に加えて酪農を始めましたが、のちに、乳価が低迷したため畑作に一本化。2003年に、慎治氏が農業を引退することになったため、4代目の哲也氏が札幌から故郷に戻ってUターン就農。
哲也氏が慎治氏から相続した畑は約30haでしたが、近隣の農家が離農して手放した畑を受け継ぎ、畑の規模は借地も含めて約72ha(東京ドーム15個分)まで拡大しました。豊かな黒土を活かした農産物の生産に加え、直販体制を築き、加工品を手がけることで経営規模が拡大したため、2011年3月、哲也氏が「(株)A-Netファーム十勝」を設立して代表取締役に、里絵さんは専務取締役に就任しました。

麦稈ロールを集めている哲也氏
森田夫婦が目指した農業

森田農場の先祖たちは、十勝平野で盛んに行われている酪農から生じる牛糞や、砂糖の原料となる作物「ビート(てん菜)」の葉を堆肥としてすき込んだりして、作物が育つ土の環境を整えてきました。
現在、森田農場が力を注いでいる小豆は、同じ場所に何年も植え続けると落葉病などの連作障害が起きやすいため、小豆を一度植えた畑は、3年の間隔を空けてから再び植える「4年輪作」を守ることで病気を防いできました。また、有機肥料の施用などを行い、なるべく環境に負荷の掛からないような栽培に取り組み、なおかつ風味や味わいのある農産物の栽培を行っています。

森田農場から取り寄せた黒豆と小豆

2011年の法人化では、「ここまで100年、ここから100年」をモットーに掲げ、永続できる農業として、“土作り、安全性、美味しさのバランス”が取れた農業を目指しています。
2013年にはJ-GAP(生産工程管理)の認証を受けるなど、経営の「見える化」を進め、さらに、2015年には小豆(AZUKI)で世界初のグローバルGAPの認証を取得しています。

特に思い入れのある小豆

 農地72haのうち8~10haを占める小豆。日勝峠に続くゆるい傾斜地の畑は標高183mと意外に高い。これより標高が高いと小豆栽培は難しくなります。

小豆は黄色い小さな可憐な花をつけます

農産物のほとんどは“昼夜の寒暖差が大きい”環境の方が美味しくできます。
里絵さんはその美味しさに魅せられ、2005年にはネットショップ「小豆らいふ」を開設。全国のお客様に小豆のほか、丹精こめて育てた農産物を届けています。

月日と手間暇をかけて食卓に届いた小豆には煮方の説明も同封されています

里絵さんはアイデアウーマン。以前は、自社の小豆と市販の最中の皮のセット販売をしたり、小豆を使った料理コンテストをSNSで募集したり、YouTubeで畑の様子や小豆の料理法などを配信しています。“小豆を食べる”だけではなく、”小豆を煮る。そして食べる”という、手間をかけたり、ゆとりを持つという提案も行っているのだと私は感じています。
森田農場の小豆は「きたろまん」という品種で、粒のひとつひとつが大きく、小豆の味がしっかりと感じられます。中でも大粒のものを手選別して「プレミア小豆」として限定販売もしています。
今では、こだわりの和菓子店や洋菓子店、ベーカリー、セレクトショップにも卸しています。

すぐ食べられる小豆の商品化

2013年に6次産業化認定事業者となって、最初に商品化したのが「ホクホクあずき」です。小豆本来の味を損なわずに手軽に食べられる商品を模索していたところ、大豆のドライパックがヒントになりました。常温商品であり、賞味期限が長いため、販売店も取り扱いやすい。ほかにも、小豆茶や森田あんこ、黒豆茶、黒豆プロテインなど、商品ラインナップが増えました。

そのまま食べられる加熱済みの「ホクホクあずき」
砂糖を使わず発酵の力で甘味をつけた発酵あずき

2015年世界で初めて取得した小豆グローバルGAPは、海外進出も視野に入れてのことでしょう。商品化する際に付けたブランド名は「モリタビーンズ」。豆に特化していることをアピールしながらも、海外の人にもわかりやすい欧文を使用しています。「森」という漢字がデザイン化されたロゴマークは、楕円の豆のフォルムを生かし、キラキラと輝くさまを表現しています。

デザイン化された小豆のパッケージで国内外へ

里絵さんは「今が楽しい」と言います。子育てや家事もしながら、農作業、そして社員やパートさんたちの育成、事務仕事、ホームページ作り、商品発送、その中での商品開発。時間がいくらあっても足りないのでは?
「頭を使う仕事と肉体を使う仕事の両方ある方がバランスが取れると思う」

体を使う仕事と頭を使う仕事のバランスがあるから「楽しい!」

はて? 実は私も同じようなことを考えていました。デスクワークだけの日もありますが、近隣の生産者さんの農作業を2~3時間手伝う日もあります。農作業をしている時は、無心の時もありますが、デスクワークの頭の整理をしている時もあります。整理されているからデスクワークの時にひらめきがあったり、別な目線や考え方ができると感じています。

今年も新豆を取り寄せ、ゆっくりと手間をかけて小豆を煮よう。元気な“農家のかあさん”の顔になった里絵さんを思い浮かべながら。

久々に煮た粒あん
粒あんを仕上げる前に、硬めの状態を取り出してサラダ用にします

プロフィール
吉川雅子(きっかわ まさこ)
マーケティングプランナー
日本野菜ソムリエ協会認定の野菜ソムリエ上級プロや青果物ブランディングマイスター、フードツーリズムマイスターなどの資格を持つ。

札幌市中央区で「アトリエまーくる」を主宰し、料理教室や食のワークショップを開催。原田知世・大泉洋主演の、2012年1月に公開された映画『しあわせのパン』では、フードスタイリストとして映画作りに参加し、北海道の農産物のPRを務める。

著書
『北海道チーズ工房めぐり』(北海道新聞出版センター)
『野菜ソムリエがおすすめする野菜のおいしいお店』(北海道新聞出版センター)
『野菜博士のおくりもの』(レシピと料理担当/中西出版)
『こんな近くに!札幌農業』(札幌農業と歩む会メンバーと共著/共同文化社)

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