HAL財団

「家業」から「地域企業」へ

WEB版HALだより「テキスト版」

2023年6月13日号(通算23-8号)

~短期集中レポート~ “農業で学ぶ” 小学校における「農業科」教育の道を拓く挑戦(5)

磯田 憲 一

中村桂子さんの助言を受け、喜多方市がスタートさせた「農業科」教育。その反響は大きく、全国各地から教育関係者などが多数視察に訪れたといいます。そして誰もがその取り組みの素晴らしさを称賛し「私たちも是非取り組みたい」と言いながら帰って行かれる状況だったそうです。

が、しかし、視察者の誰もが取り組みの意義を理解しつつも、喜多方市に続く自治体が一つもなかったことを、中村桂子さんは「とても残念なことだった」と述懐されています。

そうした状況下にあった中、板東市長との不思議な会話の展開によって、(1)美唄市が喜多方市に学び、2011年「小学校農業体験副読本」を制作していたこと、(2)制作後11年が経過し、現在、副読本の改訂版づくりが進められていること、を私自身が初めて知ることとなりました。そうした事実と状況を中村桂子さんにお伝えしたのは、昨年(2022年)7月のことです。

その報告に中村さんは大変驚かれ、「喜多方市以外に副読本を作っていた自治体があることなど、この10年全く知らなかったし、想像もしていなかった。とても嬉しい知らせで、美唄市が進めている改訂版づくりに何らかの形でお手伝いさせていただければ…」との思いが寄せられました。高名な中村桂子さんからの申し出に、むしろこちらが恐縮し驚かされることになりました。

中村さんから申し出をいただいたことを機に、農業や農村文化などの在りように広く関わるHAL財団として、中村桂子さんと改訂版作業を進める美唄市、美唄市教育委員会との間を結ぶ役割を果たすことは「北海道農業に新しい春(HAL)の息吹を‥」というHAL財団の思いに叶うことであると考えました。その思いに沿う取り組みの一歩として、構造改革特区の認可を受けて小学校における「農業科」教育の扉を、日本で初めて開いた福島県喜多方市の「今」を把握することが大切であり、必要であると考え、喜多方市訪問を美唄市に呼びかけました。そして、昨年(2022年)11月、津軽海峡を越え、遥かなる福島県喜多方市を訪ねることになったのです。

(第6号に続く)

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/1374/

2023年6月6日号(通算23-7号)

~短期集中レポート~ “農業で学ぶ” 小学校における「農業科」教育の道を拓く挑戦(4)

磯田 憲 一

 中村桂子さんは、「人間は生きものであり、自然の一部」という事実を基本に、生命論的世界観を持つ知として「生命誌」を構想し、1993年「JT生命誌研究館」を創設しました。

 私が「中村桂子」さんを知る契機となったのは、2006年から18年間にわたり取り組んできた「君の椅子プロジェクト」がつなぐ縁でした。

 出会いは、2011年3月に発生した「東日本大震災」の際、震災当日に被災3県で誕生した98人の「新しい生命」に、「生まれてくれてありがとう」の思いを込めて「希望の君の椅子」を贈呈したことに遡ります。98の「新しい生命」が産声を上げた時の状況や思いを綴った手記「3・11に生まれた君へ」(北海道新聞社など4社共同)を出版した際、毎日新聞紙上でその書評を書いてくださったのが中村桂子さんなのでした。

 生命科学者である中村桂子さんは、かつて、経済界の指導的人物が、「小さな頃から経済社会の動きを学ばせることが必要だ」として、そのための「情報技術教育は、できるだけ早く、小学校低学年から行うべき」との論陣を張ったことに対し、日本経済新聞紙上で、「子どもたちは、“株”を勉強するより、大地に育つ“カブ”から学ぶことの方が大切」と反論しました。中村さんのその至言に共感・共鳴した当時の白井英男喜多方市長が、中村さんの思いの具体化として、小学校に「農業科」を組み入れることを決断、2006年に実現したのです。

 12年前、美唄市教育長であった現美唄市長の板東知文さんが、喜多方市のその先駆性に学び、「美唄市農業体験副読本」を制作したのは前述したとおりです。

 そうした10数年前の経緯がある中で、私が「アルテピアッツァ美唄30年を機に、中村桂子さんを招くことにした」と板東市長に伝えると、板東市長は大変驚いた様子で、「磯田さんは、どうして中村桂子さんのような“ビッグ”を知っていたのですが?」と質問されました。私は、むしろその問いに驚き、「板東さんこそ、何故中村桂子さんを知っているのですか?」と逆質問したのです。そのやり取りが端緒となり、その時点では想像することもなかった「美唄市小学校“農業科”教育」の仕組みづくりがスタートすることになるのです。

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/1367/

2023年5月30日号(通算23-6号)

~短期集中レポート~ “農業で学ぶ” 小学校における「農業科」教育の道を拓く挑戦(3)

磯田 憲 一

 中村桂子さんの記念講演の開催が、思いもかけない新たな道を切り拓くことになるのですが、その道のりの経過を報告する前に、「アルテピアッツァ美唄」30年を機に、思い新たに「次なるステップへ」向かう“キックオフセミナー”をなぜ開催することになったのかについて、少々敷衍(ふえん)しておきたいと思います。

「アルテピアッツァ美唄」は、旧美唄市立栄小学校の閉校跡を活用して1992年に創設されました。その創設前から閉校跡には「美唄市立栄幼稚園が開設されていて、「アルテ」がスタートした後は、芸術空間全体を園庭とする幼稚園として、多くの訪問者がその存在に驚き、類例のない幼稚園として憧憬される存在でした。しかし、残念ながら2020年3月、64年に及ぶ歴史に幕を下ろすことになりました。

「閉園」を決めた当時の市長や市議会が、どのような政策的意図でそう判断したのかは定かではありませんが、もしかすると、栄幼稚園の存在は、たまたま芸術空間の一角に開設されている一幼稚園、という認識にとどまっていたのかもしれません。そうだとしたら、栄幼稚園と園児たちの存在が、この空間全体にかけがえのない価値を付加してきたことを見逃していたということになります。

「灯台下暗し」は、誰もが陥りがちなことですが、地域の「本物の力」は、「ローカル」を見つめ、「ローカル」を深く掘ることで生まれてくるものです。この「アルテピアッツァ美唄」は、全国にある芸術施設の一つというだけでなく、繁栄と衰退の歴史を染み込ませてきた土地の記憶、時代に翻弄された人々の歓びや哀しみの集積、そして「アルテ」を居場所とする子どもたちの日常の風景としての存在…、それらがさまざまに織りなし相まって“場の力”を生み出し、多くの人たちの心に確かな位置を占めてきたのです。その「場の力」を生み出す上で比類なき役割を担ってきた子どもたちの「居場所」を失ったままでいいのか…。それが、「アルテ」の「次なる30年」を見据えた時の強い課題意識でした。

そうした中で、美唄市は、幼稚園閉園後のこの場の利活用を考える検討委員会(委員長・羽深久夫札幌市立大学名誉教授)を、2020年9月に設置しました。検討委員会は、その後一年半に及ぶ検討を経て2022年3月、美唄市長に「提言書」を提出しました。その柱は、閉園後の空間を利活用し、再びこの場に「多様な幼児教育“機能”」を再生していくことが、市民の誇りを高めていく確かな道のりであるという確信に満ちた提言でした。

その趣旨を受け止め、「アルテピアッツァ美唄」を管理運営する「認定NPO法人アルテピアッツァびばい」は、次なる30年を見据え、この空間を「居場所」とする子どもたちの歓声が、アルテの丘にこだまする風景をもう一度取り戻していきたいと考えています。そうした取り組みを進めていくことが、社会的課題に向き合う公共空間としての役割であることを深く認識し、思い新たに「次なるステップへ」歩みを進めていくこととし、その大いなる回生への記念セミナーとして、生命科学の「知」の世界を拓いてこられた中村桂子さんの講演を企画開催することにしたのです。

(第4号に続く)

 

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/1358/

2023年5月23日号(通算23-5号)

~短期集中レポート~ “農業で学ぶ” 小学校における「農業科」教育の道を拓く挑戦(2)

磯 田 憲 一

 

現在の教育の場における子どもたちと農業との向き合い方をみると、北海道はもとより、全国的にも小学校では「農業体験」という形で広く、一般的に行われています。しかし、農業体験はあくまで“体験”の域にとどまるものです。成長期の基礎的な学びの重要性を踏まえると、「農業で学ぶ」取り組みを日常的な学習プログラムの中に組み込むことは、計り知れないほどの大きな意味を持っていると言えるでしょう。

(一般的な教科書)

(一般的な教科書)

現在、小学校の時間割の中に「農業科」を組み入れ、授業の中に位置付けている自治体は、2006年(平成18年)、内閣府から構造改革特区(教育特区)の認定を受けて「農業科」をスタートさせた福島県喜多方市のみです。構造改革特区認定は、その後全国展開に向けた対応のため、2008年(平成20年)に廃止され、喜多方市の「農業科」は、2009年(平成21年)から「総合的な学習の時間」の中で実施されています。

北海道美唄市は、その喜多方市の取り組みに学び、喜多方市教育委員会から指導主事を招くなどの学習を重ね、2010年(平成22年)に「美唄市農業体験副読本)を制作。2011年(平成23年)から「グリーンルネッサンス推進事業」として小学校における「農業体験学習」を実施してきました。

農業体験学習は、北海道でも広く一般的に行われていますが、農業体験の副読本を制作したのは、北海道の自治体としては美唄市が唯一であり、日本全体としても、農業に関わる副読本を持っている自治体は、喜多方市と美唄市のみと思われます。

(写真提供 美唄市教育委員会)

(写真提供 美唄市教育委員会)

美唄市は、北海道の中西部に位置し、かつて日本の石炭産業を支えた炭鉱都市の一つです。その炭住街にあった市立小学校の跡地に、1992年(平成4年)、美唄市が開設したのが芸術文化交流施設「アルテピアッツァ美唄」。「アルテ」は、地域の歴史や風土と彫刻が混じり合った公共空間ですが、開設から30年を迎えた2022年、管理運営を担っている認定NPO法人アルテピアッツァびばいは、美唄市との共同主催で、この唯一無二の美しい佇まいを持つ公共空間を美唄のアイデンティティ発信の場として活用していくことを目ざし、思い新たに「次なるステップへ」向かうためのキックオフセミナーを企画しました。

そのセミナーの記念講演をお願いしたのは、JT生命誌研究館(大阪府高槻市)名誉館長の中村桂子さんです。長く生命科学の世界を探求してきた中村桂子さんを「アルテピアッツァ美唄」のアートスペースにお迎えし、2022年8月、「生きものとしての人間のつながり」と題した講演会を開催しました。

後日、不思議な縁の繋がりを実感することになるのですが、この講演企画でお招きした中村桂子さんとの出会いが、農業をめぐる新たな物語の扉を開くことになったのです。

(第3号に続く)

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/1352/

2023年5月16日号(通算23-4号)

~短期集中レポート~ “農業で学ぶ” 小学校における「農業科」教育の道を拓く挑戦 (1)

磯 田 憲 一

 

国土の22%を占める広大な大地に多彩な農業が展開され、日本の食糧基地としての役割を担う北海道。その北海道にとって、将来においても農業が名実ともに「基幹産業」であり続けるためには、算出高の大きさを拠り所とするだけでなく、農業・農村の担う役割や秘めている価値に対する北海道に暮らす人々の共感と敬愛の輪を育み、農業・農村の営みを支える“すそ野”を広げていくことが大切です。そのことが、産業としての力量はもとより、豊かな暮らしを支える基軸としての総合力を高めていくことにつながると言えるでしょう。

 

農業が内にもつ“生命産業”としての意味を踏まえた時、私たちがこの北海道に育ち暮らす上での原点として、農業が育む多様な生命の営みに学ぶ機会を、この北の大地に広げていくことが、人と暮らしの在りようを考える上では勿論、地球規模で広がっている今日的課題に向き合うためにも大きな意味を持つと考えます。「農業」が秘める深くて大きな使命の一つでもあると言っていいでしょう。

その意味で、“北海道の未来”そのものである「子どもたち」に、広く“農業で学ぶ”場を用意することは、子どもたちの「生きる力」を育むことは勿論のこと、多様な生命に対する敬愛の思いや「生きもの」の一つとしての謙虚さを内なるものとしていくための、次代を見据えた大切な方向性といえます。

そうした視点に立つ時、農業を基幹産業と標榜している北海道にとって、現在、美唄市、美唄市教育委員会が2023年度スタートを目ざして準備を進めている小学校教育に「農業科」を組み入れる挑戦は、前例のない先駆的取り組みであり、画期的な仕組みと言えるものです。

私たちHAL財団は、農業・農村が秘める価値への共感や敬愛の輪を広げていくことが「持続可能な農業」を支え、ひいては、この大地を世界に稀なる”暮らしの王国”へと導くことになるとの視点に立ち、2022年4月、次なるステップに向けて新たなスタートを切りました。今、美唄市、美唄市教育委員会が、多くの障壁を乗り越え他に先駆けて取り組んでいる、小学校での“農業で学ぶ教育を支援することは、私たちが目ざす方向性に合致するものであり、HAL財団のスリムさと自律性を活かし、その輪を各地域につないでいく役割を果たしていきたいと考えています。

北海道には先例なく、全国的にも僅か一例しかない、この新基軸の取り組みが実現するまでの経過を、取り組みを支援するHAL財団の思いも含めて、数回に分けて報告することとします。

 

(第2号に続く)

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/1337/

2023年5月15日号(通算23-03号)

WEB版HALだより「4年ぶりの完全開催「岩農グリーンフェア」」

2023年5月13日(土)に岩見沢農業高等学校で「岩農グリーンフェア2023」が開催された。ここ数年はコロナ禍の影響で会場や入場を制限するなど部分的開催であったが、4年ぶりの開催。つまり、今の3年生は従来のグリーンフェアを経験していない、まさにリスタートのグリーンフェアだ。午前8時の開門時には、すでに岩見沢市内をはじめ近郊から来た市民で各コーナーには行列ができており、地域の方に「岩農グリーンフェア」と親しまれていることが実感できる。

(開始前から行列)

午前9時に野村博之校長の挨拶、生徒代表の開会の声でフェアはスタート。野菜苗、花苗、原木シイタケ、宿根草や腐葉土、プランター、野菜、鶏卵、加工食品などそれぞれの売り場はまさに長蛇の列。

(野村博之校長の挨拶)

(試食用の加工食品)

(野菜苗コーナーも大人気)
 

 各コーナーでは、混雑を防止するために入場制限。そして、入場すると生徒が付き添いで一緒に買い物をする方法であった。
 花の特徴や苗や品種の特徴などを説明してくれる。

 私も花苗や野菜苗を購入したが、一緒に買い物をしてくれたのは奈井江町から通う2年生。ご自宅では水田とトマト栽培を行っているそうで、トマト苗の説明には力がこもる。
 各コーナーを歩くと、それぞれ自慢の品を紹介される。説明が上手なのでついつい購入してしまった。こういう経験はきっと役に立つと感じた。それにしても、みんな笑顔で感じが良い。

 多くの地域住民で賑わい、それを取材する学校新聞局の生徒の姿。インタビューも様になっていた。こういう実践的な教育が行われていることは大事なことだ。
 午前9時から正午までの3時間という短い時間であったが、多くの市民で賑わい生徒も貴重な体験をしたと思う。

 岩見沢農業高等学校の「岩農ショップ」は、定期的に開催され加工食品などを販売している。詳細は、岩見沢農業高等学校のWEBページを。

URL:http://www.iwamizawanougyou.hokkaido-c.ed.jp/

 なお、6月25日(土)~7月3日(日)札幌で開催される「花フェスタ札幌2023」では、北海道農業高校生ガーデニングコンテスト作品紹介コーナーもある。
 北海道内の農業高校。頑張ってます!

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/1328/

2023年4月26日号(通算23-2号)

「WEB版HALだより」「HAL財団動画」の利用について

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    詳しくは、著作権利用規程をご確認ください。

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/1314/

2023年4月14日号 (通算23-1号)

書籍紹介 「おふくろの味」幻想 〜誰が郷愁の味をつくったのか〜

話題の書籍のご紹介。
「おふくろの味」幻想  湯澤規子著、光文社発行。

「なぜその味は男性にとってはノスタルジーになり、女性にとっては恋や喧嘩の導火線となり得るのか。男女だけではない。世代によっても、「おふくろの味」に対する意識には違いがみられる。その多様性ゆえに、企業の広告戦略の中に組み込まれ、メディアがそれを煽動したりもする。こうした「おふくろの味」をめぐる男女の眼差しや世代のすれ違いはどこから来るのか。本書はその理由を、個人の事情や嗜好といういうよりもむしろ、社会や時代との関連から解き明かしていこうというものである。」(「プロローグ――『味』から描かれる世界」から抜粋)

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著者の湯澤規子は法法政大学人間環境学部教授。専門は歴史地理学、農村社会学、地域経済学というが、本書を読むと「幼少期から料理好きだった」ことが分かる。

著者の湯澤氏と私は一回りの年の差があるが、読んでいた本が重なるのが面白い。やはり60年代生まれ、70年代生まれは、このような料理本を読み、雑誌を読んでいたのかと、なぜだか嬉しくなる。

構成は、このようになっている。

プロローグ――「味」から描かれる世界

第一章 「おふくろ」をめぐる三つの謎

第二章 都市がおふくろの味を発見する
――味覚を通じた「場所」への愛着

第三章 農村がおふくろの味を再編する
――「場所性」をつなぎとめる味という資源

第四章 家族がおふくろの味に囚われる
――「幻想家族」の食卓と味の神話

第五章 メディアがおふくろの味を攪乱する
――「おふくろの味」という時空

エピローグ
――一皿に交錯する「おふくろの味」の現代史

学術書のような小難しさもなく、みんなが思い描く「おふくろの味」の謎にせまる推理小説のようだ。「おふくろの味」という言葉、概念がここ数十年で現れ、もてはやされ、そして色々な場面、媒体で使われてきたのか、その「歴史」が分かる。
「おふくろの味」が時代によって現れるメディアの違いがあり、それがそれぞれ狙いを持っていたことを指摘しているのは興味深い。
また、『「おふくろの味」の規範化』という章では、社会学者の村瀬敬子が「一九六〇年代半ば以降、「おふくろの味」が賞揚され、「おふくろの味」と郷土料理/郷土食は、長い間、伝承されてきたものだとされ、女性による伝承が規範化されていった。」との文章を紹介し、興味深い指摘をしていると記す。

村瀬敬子「郷土料理/郷土食の「伝統」とジェンダー ―雑誌『主婦の友』を中心として―」社会学評論 71(2) 297-313 2020年9月

おふくろの味というのは、社会の変化、経済の変化、地域の変化で生まれた言葉、あるいは作られた言葉であり、それを雑誌やテレビという媒体が上手に使ってきたことが見えてくる。言い換えると、「おふくろの味」というのは、ここ数十年で生まれた言葉であり、そもそも「おふくろの味」なんて無いのだ。しかし、誰もが思い浮かべることのできる、あるいは昔っからある言葉、概念かのように誰もが錯覚しているのだ。
私自身の「おふくろの味」は何かを考えた時に、本書冒頭で記されている「おふくろ」という表現は誰が、どのような場面で使うのか、という問いに答えることになる。私の語彙に「おふくろ」はないである。ゆえに「おふくろの味」を問われたら「いわゆるおふくろの味」と断りを入れてしまう。
かように「おふくろの味」という誰もが知っていて、誰もがイメージするであろう食事のことが様々な背景や思惑で活用されている言葉であることが分かってくる。

歴史、地理、文学、そして食、料理と多くのアプローチでこの「おふくろの味」をもっと追及したくなる本だ。そして、同時にこのようなアプローチをすることで、言葉の本質や狙いに目を向ける大切さが必要であることに気付くのであった。

(HAL財団 上野貴之)

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/1301/

2023年3月29日号 (通算22-23号)

「新しい農業を考えるトークセッション」文字起こし記録を公開します。

2023年1月23日(月)に開催した「新しい農業を考えるトークセッション」。実に4時間を超える長いトークセッションでした。

参加者も運営を含めると70人を超え、多くの情報が飛び交いました。

その模様を記録として公開します。

なお、テープ起こしのため、実際の発言と違っている部分がある可能性があります。また、同音の違う言葉で表記していることもあり得ます。実際の雰囲気を感じていただくために、できる限り発言通りのテープ起こしを行っておりますので、文章としては不正確な部分もあります。それらの部分は、どうかご容赦ください。

こちらのWEB上で見られるコーナーと電子書籍形式、さらに印刷用のPDFを用意しています。

電子書籍URL:
https://www.hal.or.jp/wp-content/uploads/ebooks/20230329_talksession/HTML5/sd.html

印刷用PDF:
https://www.hal.or.jp/wp-content/uploads/ebooks/20230329_talksession.pdf

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/1294/

2023年3月15日号 (通算22-22号)

HAL農業賞アンバサダーの渡辺陽子です

HAL農業賞アンバサダーの渡辺陽子です。2022年、「HAL財団の声」として、WEB版HAL便りのナレーションや司会などを担当していましたが、その後、「HAL農業賞アンバサダー」に任命されました。

24年間、HBCの局アナとして勤め、フリーアナウンサーとしての活動は、今年で10年となります。フリーになってからは、農業に関わる仕事が多く、これも何かの縁なのでしょうね。HBCテレビ「今日ドキッ」の中継リポーターとして、いろんな農家の畑から中継をして、そこでできる作物の魅力についてお伝えしました。また、2021年の4月からは毎週配信中の酪農情報専門チャンネル「デーリィナビTV」という番組のMCを務め、酪農の厳しい現状や酪農業に誇りを持ち、チャレンジする農家の皆さんの姿に触れています。

更に、HAL財団による現地調査に同行させてもらい、農業への関わりを深めています。素晴らしい景色を堪能し、豊かな実りを実感…、それはそれは宝物のような時間を味わわせてもらいます。また、出迎えてくださる皆さんが、作物以上に魅力的だったりして、とても嬉しくなります。実際、農業に携わる皆さんは、さまざまな苦労をしながらお仕事をされていて、時には、どうにもならないような苦難に出くわすこともあるでしょう。そういった苦労や農業の素晴らしさ、農産物の魅力などを少しでも発信していくお手伝いができればと思っています。そのためにも、現地調査でお邪魔する時は、いろんなお話を聞かせてくださいね!

この記事のURLhttps://www.hal.or.jp/column/1288/